ペトロ岐部

ペトロ岐部：世界を歩いたキリシタンの生涯と殉教

ペトロ岐部（きべ ペトロ、1587-1639）は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけて活躍したカトリック司祭です。豊後国国東郡（現在の大分県国東市）に、キリシタン大名大友氏の重臣の子として生まれました。幼少期から深い信仰心を持ち、13歳で有馬のセミナリヨに入学、後にイエズス会に入会し「カスイ」と号します。

1614年、江戸幕府によるキリシタン禁教令によりマカオへ追放されました。そこで司祭になるべく勉学に励みましたが、マカオでの叙階を諦め、独力でローマを目指します。マラッカ、ゴアを経由し、陸路でインド、ペルシャを横断。日本人として初めてエルサレムを訪れた後、1620年、ローマに到着。3年におよぶ壮大な旅路を経て、サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂で司祭に叙階されました。

ローマでの修練の後、リスボンで誓願を宣立し、1623年、インドへ向かいます。そして、殉教を覚悟で日本への帰国を熱望しますが、当時の日本の厳しい弾圧により容易ではありませんでした。東南アジアを転々とした後、1630年、マニラから日本へ向かう船に乗り込み、難破を乗り越え、薩摩の坊津（現在の鹿児島県南さつま市）にたどり着きます。16年ぶりの帰国を果たしたのです。

帰国後、ペトロ岐部は潜伏しながら、長崎から東北地方にかけて布教活動を行い、多くの信徒を励ましました。しかし、1639年、仙台で密告され逮捕されます。江戸に送られ、激しい拷問を受けながらも信仰を貫き通し、浅草待乳山聖天近くの明地で、穴吊りの刑に処され、最後は火炙りで殉教しました。52歳でした。その際も、隣で処刑されていた信徒を励ましていたという逸話が残っています。

ペトロ岐部は、単なる司祭ではありませんでした。ローマへの旅は、当時としては類まれな冒険であり、エルサレム訪問を含め、近世初期の日本人の中で最も世界を広く渡り歩いた人物と言われています。「日本のマルコ・ポーロ」や「世界を歩いたキリシタン」と呼ばれる所以です。

その生涯は、信仰の強さと揺るぎない信念を象徴しています。彼の殉教は、多くの信徒に大きな影響を与え、禁教下における信仰の灯を絶やさなかった証でもあります。2008年、「ペトロ岐部と187殉教者」として福者列聖され、その功績は現在も広く称えられています。大分県国東市にはペトロ岐部記念公園があり、彼の像が建立されています。彼の生涯を描いた小説や戯曲、漫画なども存在し、現代においても、ペトロ岐部の物語は人々の心に深く刻まれています。彼の功績は、宗教を超えて、人間の精神力の強さと信仰の大切さを改めて考えさせるものです。彼の生涯は、まさに信仰と冒険、そして殉教のドラマと言えるでしょう。

彼の偉業は、単なる宗教的な出来事としてだけでなく、グローバルな視点から見た近世初期の日本人の活動、そして信仰の力、迫害下での生き様といった様々な側面から考察することができます。その生涯は、歴史研究者、宗教研究者、そして多くの人々に、今もなお深い興味と敬意を抱かせ続ける、貴重な存在となっています。

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