ボグド・ハーン

ボグド・ハーン：激動の時代を生きたモンゴル最後の君主

ボグド・ハーン（1869年 - 1924年）は、モンゴル最後の君主であり、ジェプツンダンバ・ホトクト8世として知られるチベット仏教の化身ラマです。彼の生涯は、モンゴルの独立運動と深く結びついており、20世紀初頭の激動の時代を象徴する人物と言えるでしょう。

生誕と化身ラマとしての認定

ボグド・ハーンの誕生については、複数の説があります。ロシアのモンゴル学者ポズドネエフは1870年初めとしていますが、チベット語の初期の伝記では1869年の旧暦8月にラサ近郊で生まれたと記されています。彼は、ジェプツンダンバ・ホトクトという化身ラマの名跡を受け継ぐ人物として、モンゴル仏教において重要な存在でした。この名跡は、17世紀にモンゴルの王子ザナバザルが初代として認定されて以来、モンゴルを拠点に活動し続けてきました。3世以降はチベット人から選ばれるのが慣例となっていました。

1874年、ガワンロサン・チューキニマ・テンジンワンチュクとして生まれた彼は、ダライ・ラマ12世によってジェプツンダンバ・ホトクト8世として認定され、1875年末に家族とともにイフ・フレー（現在のウランバートル）に到着しました。

モンゴル独立運動とボグド・ハーンの即位

19世紀末、ボグド・ハーンはモンゴル社会において大きな影響力を持つようになり、1890年には、郡王ドルジパラムとの対立で清朝皇帝の支持を得て、郡王の爵位を剥奪するに至りました。その後、ボグド・ハーンの請願によりドルジパラムは爵位を取り戻しましたが、この事件を機に、すべての王侯はボグド・ハーンの指示に従うようになりました。

清朝の衰退とともにモンゴルでは独立の機運が高まり、1911年、外モンゴルは大モンゴル国として独立を宣言しました。この際、ジェプツンダンバ・ホトクト8世は、諸侯に推戴されて神権政治を敷き、12月29日に即位しました。従来の「ボグド・ゲゲーン（お聖人さま）」から「ボグド・ハーン（聖なる皇帝）」と呼ばれるようになります。首相にはトグス・オチリン・ナムナンスレンが任ぜられました。

1912年には内モンゴルの諸侯も帰服し、モンゴルは一時的に統一を果たすかに見えました。1913年には内モンゴルに軍隊を派遣しますが、帝政ロシアの要請で撤退し、内外モンゴルの統一は実現しませんでした。

激動の時代と退位、そして復位

1917年の十月革命で後ろ盾であった帝政ロシアが崩壊すると、モンゴルは新たな困難に直面します。ナムナンスレンが赤軍との協力を模索するも失敗に終わり、1919年には中華民国軍によって占領され、ボグド・ハーンは退位させられて自宅軟禁下に置かれてしまいます。しかし、1921年、ウンゲルン男爵の軍がフレーを奪取する直前に、ボグド・ハーンは解放され復位しました。しかし、ウンゲルン男爵の暴虐によって人心が離反し、同年4月、ボグド・ハーンが北京に支援を要請したところ、赤軍やモンゴル人民党の支援を受けた革命が起こりました。

立憲君主制下の帝位と死、そしてその後

ボグド・ハーンは、1924年に死去するまで、立憲君主制の下で帝位にあることを許されました。彼の死後、共産主義政権は活仏の転生を認めず、モンゴル人民共和国の建国を宣言しました。

転生問題

ボグド・ハーンの死後、人民革命党政権は、ジェプツンダンパの転生は8世で終わると宣言し、後継者の捜索や認定を禁止しました。しかし、モンゴルの信者やチベットでは転生者の捜索が行われ、1939年にはチベットのガンデンポタン摂政政府によって9世が認定されました。この9世、ジャンペルナムドゥル・チューキゲンツェンは、モンゴルの民主化後、ダライ・ラマ14世によって再認定され、2012年に遷化するまでモンゴルとインドを行き来しました。

私生活と宮殿

ボグド・ハーンは僧侶でありながら、テンジン・ドンドグラムという女性を妻に持ちました。彼女は「エヘ・ダギナ」として知られ、1923年に亡くなっています。その後、ゲネピルという女性が王妃になりますが、ボグド・ハーンの死後、彼女はスターリン派による粛清で処刑されました。ボグド・ハーンの夏の宮殿跡地には政府宮殿が建てられ、冬の離宮は現在、観光名所となっています。

ボグド・ハーンの発言

ボグド・ハーンは、中国人を生態系の破壊者とみなし、彼らを故郷から追放する過程で、以下のような命令を下しました。その言葉には、モンゴルの地を守ろうとする強い意志が感じられます。

まとめ

ボグド・ハーンは、激動の時代を生き抜いたモンゴル最後の君主であり、宗教的権威と政治的リーダーシップを兼ね備えた人物でした。彼の生涯は、モンゴルの独立と近代化の過程において重要な役割を果たし、現代においてもその足跡は色褪せることなく語り継がれています。

参考文献

モンゴル科学アカデミー歴史研究所編著, 二木博史『モンゴル史』 (1)巻、恒文社、1988年。
二木博史「「チベット人活仏がモンゴル国王として即位するための条件―19世紀すえのモンゴル語文書史料の分析」」『文書史料からみた前近代アジアの社会と権力』東京外国語大学大学院21世紀COEプログラム「史資料ハブ地域文化研究拠点」研究叢書、2007年。

ボグド・ハーン