ボサンスカ・クライナ

ボサンスカ・クライナ：歴史と文化が交錯するボスニア北西部の地

ボサンスカ・クライナは、ボスニア・ヘルツェゴビナの北西部、サヴァ川、ウナ川、ヴルバス川に囲まれた地域を指す歴史的な名称です。行政区分としては存在せず、長年の歴史的経緯によって形成された地域アイデンティティを持っています。中心都市はバニャ・ルカで、プリイェドル、ビハチ、ボサンスカ・グラディシュカなどの主要都市があります。ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争後は、スルプスカ共和国とボスニア・ヘルツェゴビナ連邦に分断されています。

名称の由来と変遷

ボサンスカ・クライナの北西端は、ツァジンスカ・クライナと呼ばれます。これは中心都市ツァジンに由来する名称です。オスマン帝国やオーストリア・ハンガリー帝国時代には反乱が相次いだことから、リュタ・クライナ（「泥沼の辺境」）とも呼ばれていました。16世紀から19世紀にかけては、ウナ川とヴルバス川に挟まれた地域が「トルコ領クロアチア」と呼ばれていましたが、19世紀中ごろにはボサンスカ・クライナという呼称に置き換わりました。

歴史

古代・中世

6世紀にはローマ帝国のダルマチア属州の一部であり、帝国の分割後は東ローマ帝国領となりました。その後、アヴァール人やスラヴ人が移住し、7世紀にはセルビア人やクロアチア人の侯国が形成されました。パンノニア・クロアチア地域はフランク人の侵入を受けますが、クロアチア人はこれを撃退し、10世紀にはクロアチア王国の一部となりました。1102年にクロアチア王国がハンガリー王国の一部となるまで、北西ボスニアはクロアチアの一部でした。

オスマン帝国期

14世紀にオスマン帝国がバルカン半島に侵攻し、北西ボスニアは帝国の西への拡大の最前線となりました。1463年にヤイツェが陥落し、ボスニア王国は滅亡しました。1493年のクルバヴァの戦いではクロアチア王国が敗北し、抵抗は要塞都市に押し込められました。16世紀には北西ボスニアの大部分がオスマン帝国の支配下に入り、1580年にはボスニア州（ボスニア・エヤレト）が成立しました。

1699年のカルロヴィッツ条約でオーストリアとオスマン帝国の国境が確定し、ボスニア辺境（ボサンスカ・クライナ）が形成されました。この地域にはセルビア人の羊飼いが住み着き、オーストリア帝国との国境を守る役割を担いました。

近現代

1875年から1878年のヘルツェゴビナ蜂起はボスニア辺境にも波及し、1878年のベルリン条約によりボスニア・ヘルツェゴビナはオーストリア帝国の統治下に入りました。第二次世界大戦中、ボサンスカ・クライナは反ファシスト闘争の拠点となり、1942年から1943年にはビハチ共和国と呼ばれる解放区が打ち立てられました。また、ヤイツェやムルコニチ・グラードではユーゴスラビア連邦人民共和国およびボスニア・ヘルツェゴビナ人民共和国の枠組みが定められました。

1992年から1995年のボスニア・ヘルツェゴビナ紛争では、ボサンスカ・クライナはサラエヴォ政府、スルプスカ共和国、西ボスニア自治州の支配地域に分かれ、激戦地となりました。スルプスカ共和国は強制収容所を設置し、ボシュニャク人やクロアチア人を中心に虐待や殺害を行いました。

住民構成

紛争前は100万人近い住民がいましたが、1991年の国勢調査ではセルビア人が44%、ボシュニャク人が40%、クロアチア人が7%でした。紛争による強制移住で民族構成は大きく変化し、現在は北西部（ツァジンスカ・クライナ）はボシュニャク人、スルプスカ共和国の領域および西部のクロアチア国境沿いの一部地域ではセルビア人が多数派を占めています。

経済

第二次世界大戦後、ボサンスカ・クライナはボスニア・ヘルツェゴビナで最も貧しい地域の一つでしたが、1970年代から経済開発が進められました。アグロコメルツなどの食品製造会社や、化学工業、電子工業、繊維製造などの産業が発展しました。

交通

欧州自動車道路E661号線がクロアチアへ向かって伸びており、バニャ・ルカからラクタシまでは高速道路が開通しています。バニャ・ルカ国際空港からはリュブリャナ、チューリッヒへの定期便が運行されています。また、かつてユーゴスラビア最大の空軍基地であったジェリャヴァ空軍基地がビハチ近くにあります。鉄道網も発達しており、ボスニア・ヘルツェゴビナの鉄道網の半分以上がこの地を通っています。

ボサンスカ・クライナは、その複雑な歴史と多様な文化が織りなす魅力的な地域です。

もう一度検索