ボリス・クストーディエフ

ボリース・ミハーイロヴィチ・クストーディエフ（1878年3月7日 - 1927年5月28日）は、ロシアの画家であり舞台美術家です。彼は、明るく華やかな色使いが特徴的な風俗画や風景画で知られています。特に、ロシアの商人階級の生活様式や風景を描いた作品は、彼の少年時代の記憶と深い関わりがあります。

クストーディエフは、アストラハンのインテリゲンチャ家庭に生まれました。幼い頃に父親を亡くし、経済的に苦労する中で、裕福な商人の家に間借りをして生活しました。そこで彼は、商人階級の生活様式を目の当たりにし、後の作品に大きな影響を与えました。彼はその頃の経験を「オストロフスキーの戯曲から抜け出したようだ」と語っており、その記憶は彼の芸術活動の原点となりました。

1893年から1896年まで、クストーディエフは神学校に通いながら、ワシーリー・ペロフに絵画の指導を受けました。その後、1896年にペテルブルク帝国美術アカデミーに入学し、イリヤ・レーピンに師事しました。レーピンはクストーディエフを「才能があり、思慮深く真面目な人物」と高く評価し、自身の助手として重要なプロジェクトに参加させました。また、この時期にイワン・ビリビンや版画家マテなど、精神的な仲間たちの肖像画を制作しました。肖像画の制作は、モデルを深く観察し、その内面を理解する上で重要な経験となりました。

1904年に帝国美術アカデミーからの奨学金を得て、フランスやスペインを訪れました。また、パリではルネ・メナールのアトリエにも通いました。その後もイタリアやオーストリア、ドイツなどヨーロッパ各地を訪れましたが、彼は常に故郷ロシアへの愛着を抱いていました。彼は「我らが聖なるルーシに戻ってきた」と喜びを語っており、その言葉からも故郷への強い思いが伝わります。

ロシア第一革命は、クストーディエフの芸術活動にも大きな影響を与えました。彼は諷刺雑誌に寄稿したり、「芸術世界」の同人として活動したりしました。また、1905年頃から挿絵にも取り組み始め、ニコライ・ゴーゴリやミハイル・レールモントフ、レフ・トルストイなどの古典文学作品に挿絵を寄せています。

1909年には、ペテルブルク帝国美術アカデミーの教員に選任されましたが、重病（脊椎結核）を患い、スイスで療養生活を送ることになりました。療養中も、彼はロシア的な主題の作品を制作し続けました。1918年に描かれた『商人の妻』は、彼の代表作の一つです。1916年には対麻痺を患いましたが、それでも彼は明るく元気な気持ちを保ち続け、多くの作品を制作しました。特に『マースレニツァ』は、彼の少年時代の記憶を鮮やかに再現した作品として知られています。また、宮内庁三の丸尚蔵館には、この時期の作品である『ボルガ河畔の乙女』が所蔵されています。

ロシア革命後、クストーディエフは様々な分野で活動しました。同時代の主題を描いた作品や、雑誌の表紙、挿絵、街頭の装飾デザインなど、幅広い分野で才能を発揮しました。ニコライ・レスコフの小説『かがり穴』や『ムツェンスク郡のマクベス夫人』の挿絵と装幀は、文学的なイメージと見事に合致しており、ロシアの製本史において画期的な出来事とされています。また、ドミートリイ・ショスタコーヴィチは、クストーディエフの娘と同級生であり、クストーディエフ一家と交流があったことが知られています。

クストーディエフは舞台美術にも関心を持っていました。アレクサンドル・オストロフスキーの戯曲『熱い心』の舞台デザインを手がけたことをきっかけに、多くの舞台作品のデザインを担当しました。特にオストロフスキーの戯曲は、彼の風俗画と共通するテーマを持っていたため、その才能を十分に発揮することができました。

1923年に「革命ロシア芸術家連盟」に加入し、1927年に亡くなるまで、絵画、版画、挿絵、舞台美術の制作を続けました。クストーディエフの作品は、ロシアへの深い愛情と、豊かな色彩感覚、そして人間観察の鋭さが特徴です。彼の明るく華やかな作品は、今もなお多くの人々に愛されています。

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