ポール・ジャクレー

ポール・ジャクレー：東洋と西洋の融合を表現したフランス人版画家

ポール・ジャクレー（1896年-1960年）は、20世紀を代表するフランス人版画家であり、浮世絵師です。彼は日本で生まれ育ち、日本文化に深く浸りながら独自の芸術世界を築き上げました。その作品は、繊細な線描と鮮やかな色彩、そして東洋と西洋の文化が融合した独特の様式で知られています。

日本での生い立ちと芸術への道

1896年、パリに生まれたジャクレーは、1899年、3歳の時に父であるフレデリック・ジャクレー（高等商業学校附属外国語学校講師）と共に来日します。幼少期から日本の文化に囲まれた環境で育ち、日本語、書道、音楽、ダンスなどを習得しました。10代前半には、黒田清輝や久米桂一郎といった著名な画家から油絵やデッサンを学び、その後は池田輝方や池田蕉園に師事して日本画の技法を習得。若礼という雅号で作品を発表するなど、本格的に芸術の道を歩み始めます。日本画をベースにしながら、浮世絵の技法にも深く傾倒し、その独特の表現方法を自身の作品に活かしていきます。

その後、一時フランスに帰国した後、再び日本へ戻り、東京の下町に魅せられ、義太夫の語りにも精通するなど、日本文化への理解を深めていきます。彼は、特に浮世絵に強い関心を抱き、その技法を学び、自身の版画制作に生かしました。

木版画における独自の表現

ジャクレーは、伝統的な木版画の技法を用いて、南洋諸島、日本、韓国、中国の女性風俗などを描いた作品を数多く制作しました。彼の作品は、平面的な画面構成の中に、フランス独特の洗練された感性と、日本の伝統的な美意識が絶妙に調和した独特の雰囲気を持っています。黒目がちな瞳を持つ女性像は、特に印象的で、彼の作品を象徴するモチーフとなっています。

1930年代以降は、ミクロネシアなどの南洋諸島への旅行を繰り返し、現地の人々の姿を水彩画で描き、後にそれらを版画へと転換。1931年には藤懸静也の勧めで本格的に木版画の制作を始め、1933年には自ら「若礼版画研究所」を設立し、彫師や摺師と共に共同生活を送りながら作品制作に励みます。1934年には加藤版画研究所から「虹」シリーズを発表、1936年には『世界風俗版画集第一輯』を発表するなど、大きな成功を収めます。彼の作品には、彫師や摺師の名前が記されており、制作における協働の姿勢がうかがえます。

戦後と晩年

第二次世界大戦中は制作活動を中断せざるを得ませんでしたが、戦後は軽井沢に移り住み、創作活動を続けます。軽井沢のアトリエでは、多くの著名人（ジョージ6世、エリザベス2世、ハリー・S・トルーマン、ダグラス・マッカーサー、ウィンストン・チャーチルなど）のための作品を制作しました。また、3万点にも及ぶ蝶のコレクションを所有していたことでも知られています。敬虔なクリスチャンであった彼は、収入の多くを軽井沢の教会や幼稚園に寄付していました。1960年、軽井沢で死去。

作品と評価

ジャクレーの作品は、戦後、駐留米軍関係者らによって多く収集され、日米各地で回顧展が開催されるなど、国際的な評価を獲得しました。彼の作品のコレクターには、ハリー・S・トルーマン、グレタ・ガルボ、ピウス12世といった著名人も含まれています。2013年にはパリのケ・ブランリー美術館で、大規模な回顧展が開催されました。また、明治大学には彼の作品を多く収蔵するクリスチャン・ポラック・コレクションが存在します。彼の作品は、現在も高い人気を誇り、その独特の芸術性は、多くの人々を魅了し続けています。

代表作品

「助六」
「嫁入り支度」
「チャモロ族の女性-赤（連作<虹>より）」
「チャモロ族の女性-青（連作<虹>より）」
「チャモロ族の女性-緑（連作<虹>より）」
「チャモロ族の女性-菫（連作<虹>より）」
「サイパンの娘とハイビスカスの花」
「世界風俗版画集　清馨（きよか）さん」
「世界風俗版画集　正装せる朝鮮の子供」
「世界風俗版画集　パリ―の婦人」
「世界風俗版画集　鯉を売る老婆（茨城県水郷）」
「世界風俗版画集　リタ・サブラン嬢の肖像（グアム島のチャモロ）」
「蟹」
「赤い衣服」
* 「紗の団扇」

これらの作品は、現在、横浜美術館、東京国立近代美術館などの美術館に所蔵されています。

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