ポール・マルチンクス

ポール・カシミール・マルチンクスとは

ポール・カシミール・マルチンクス（Paul Casimir Marcinkus, 1922年1月15日 - 2006年2月20日）は、アメリカ出身のカトリック大司教であり、通称「バチカン銀行」として知られる宗教事業協会（IOR）の元総裁です。その経歴は、聖職者としての側面と、金融スキャンダルの中心人物としての側面という、二つの相反する顔を持っています。

生い立ちと聖職者への道

マルチンクスは、イリノイ州シセロでリトアニア系移民の子として生まれました。その生い立ちから、シカゴマフィアとの関係があったとされています。その後、聖職者の道を歩み始め、1950年にはローマへ渡り、1953年からバチカンに勤務します。1955年からはバチカンの外交使節としてボリビアとカナダに駐在し、1959年にバチカンに戻った後は教皇ヨハネ23世の英語通訳を務めました。1969年1月には、大司教に任命されています。

バチカン銀行総裁としての活動

1971年、マルチンクスは大司教のまま、バチカン銀行の総裁に就任しました。この頃からアメリカのデヴィッド・M・ケネディ財務長官との親密な関係を築き始めます。1975年頃から、アンブロシアーノ銀行頭取のロベルト・カルヴィや、マフィアとの関係が深いとされるミケーレ・シンドーナと共に、バチカン銀行を通じてマネーロンダリングや不正融資に関与したとされています。また、マルチンクスは、極右秘密組織「ロッジP2」の会長であるリーチオ・ジェッリとも関係が深く、イタリアの極右政党やCIA、アルゼンチンのファン・ペロン大統領などとも繋がっていたとされています。

カトーリカ・デル・ベーネト銀行売却問題

マルチンクスは、カルヴィと共に、カトーリカ・デル・ベーネト銀行を脱税と株式の不法売買のために秘密裏に売却しました。この行為は、当時のアルビノ・ルチアーニ総大司教（後の教皇ヨハネ・パウロ1世）から抗議を受けましたが、マルチンクスがパウロ6世教皇から直接任命されたバチカン銀行総裁であったため、この事態を乗り切ることができました。

ヨハネ・パウロ1世の暗殺疑惑

1978年、教皇ヨハネ・パウロ1世は就任からわずか33日で急逝しました。この死を巡り、バチカン銀行の改革を計画していたヨハネ・パウロ1世を、マルチンクスが暗殺したのではないかという疑惑が浮上しました。不審な点として、遺体の発見時刻が偽られていたこと、死因が不明なまま防腐処理が行われたこと、マルチンクスが教皇の居室付近をうろついていたという証言などが挙げられています。

カルヴィ暗殺事件と国際的なスキャンダル

マルチンクスの庇護の下、バチカン銀行を経由したマネーロンダリングと不正融資は、1982年にアンブロシアーノ銀行の破綻を招きました。カルヴィ頭取は破綻直前に逃亡し、ロンドンのブラックフライアーズ橋の下で首吊り死体で発見されました。当初は自殺とされましたが、その後の捜査で暗殺と判明しました。この事件は、バチカン、イタリア政財界、マフィア、ロッジP2、CIAなど、多くの組織が関与したとされる「20世紀最大の金融スキャンダル」として世界を震撼させました。

オルランディ誘拐事件との関わり

1983年には、バチカン職員の娘エマヌエーラ・オルランディが誘拐され、現在も行方不明となっています。この事件で、マフィアの元愛人であるサブリナ・ミナルディが「首謀者はマルチンクスである」と証言しています。また、カルヴィの息子は、この誘拐がバチカンに対する脅迫であると主張しています。

逮捕状と逃亡

一連の事件に関与したとして、1983年にイタリア検察から逮捕状が出されましたが、マルチンクスはバチカンの「外国籍」であるため逮捕は無効となりました。彼はその後もヨハネ・パウロ2世の庇護の下でバチカン銀行の総裁を務め、1989年に辞任しました。

静かな晩年と死

1990年にアメリカへ帰国した後は、全てのメディア取材を拒否し、2006年にアリゾナ州で亡くなりました。生前、一連の事件について証言することは一切ありませんでした。

その後のバチカン銀行

スキャンダル後も、バチカン銀行はマネーロンダリングなどの違法取引に関与したと指摘されています。2009年と2010年には、マネーロンダリングに関与したとして、イタリアの司法当局から捜査を受け、2300万ユーロの資産が押収されています。

マルチンクスの生涯は、聖職者でありながら、金融スキャンダルの中心人物であったという、複雑な側面を持つ人物であったと言えるでしょう。彼の足跡は、バチカン、イタリア、そして国際社会に大きな影響を与え続けました。

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