ポール・ヴァレリー

ポール・ヴァレリー：知性と感性の軌跡

ポール・ヴァレリー(1871-1945)は、20世紀フランスを代表する文豪の一人です。詩人、小説家、評論家として多大な才能を発揮し、その旺盛な創作活動は、第三共和政時代の知性そのものを体現していると評されます。本稿では、ヴァレリーの生涯と作品世界を詳細に探ります。

地中海沿岸の生い立ちと詩への目覚め

1871年、フランス南部の港町セトに生まれたヴァレリー。税関吏の父とイタリア領事の令嬢であった母を持つ彼は、幼少期から読書に親しみ、少年時代には船乗りを夢見た時期もありました。モンペリエのリセに進学後、文学への関心を深め、詩作を始めます。ボードレールやポー、象徴主義詩人たちへの傾倒、そしてマラルメやユイスマンスへの深い理解は、彼の詩作に決定的な影響を与えました。18歳の頃には、詩作が雑誌に掲載されるという成功体験も得ています。

モンペリエ大学時代と初期の交友関係

モンペリエ大学法学部在学中、ヴァレリーは詩人ピエール・ルイスと出会い、親交を深めます。ルイスはマラルメの未完の詩『エロディヤード』の断片をヴァレリーに送り、彼に大きな感銘を与えました。また、アンドレ・ジッドとも親交を結び、生涯にわたる友情を育みます。この時代、ヴァレリーは詩作活動に精力的に取り組み、『ラ・コンク』誌などに作品を発表。才能豊かな若手作家として注目を集めるようになりました。

文学的沈黙と膨大な「カイエ」

パリに出て文学活動に専念するも、ヴァレリーは次第に詩作への疑問を抱き始めます。ジェノヴァ滞在中の嵐の夜を境に、彼は文学活動から距離を置く「文学的沈黙」の時期に入ります。しかし、この沈黙期は決して無為な時間ではありませんでした。彼は膨大な量の思索の記録『カイエ』(手帖)を書き続け、その量は2万6千ページにも及ぶと言われています。この『カイエ』は、彼の思想や創作活動の源泉となり、後の作品にも大きな影響を与えました。

軍務、結婚、そして再出発

陸軍省砲兵隊勤務を経て、ヴァレリーは画家ベルト・モリゾの姪と結婚。アヴァス通信社の秘書として生計を立てながら、創作活動は続けました。1917年、『若きパルク』を発表し、再び文壇に復帰。この作品は高く評価され、彼の名を一躍有名にしました。『海辺の墓地』などの詩作も高い評価を受け、現代の七大詩人に選ばれるなど、その名声は国際的に広がっていきます。

評論家、講演者としての活躍

ヴァレリーは詩作のみならず、評論、講演活動でも活躍しました。「精神の危機」と題したチューリッヒ大学での講演は有名で、その内容はヨーロッパの精神史を深く考察したものです。また、国際連盟知的協力会議の議長を務めるなど、国際的な舞台でも活躍。多くの著書が各国語に翻訳され、彼の思想は世界に広まりました。コレージュ・ド・フランス教授に就任した彼は、フランスの代表的知性として、第三共和政時代の文化・思想を牽引しました。

戦時下の活動と晩年

第二次世界大戦の勃発により南仏へ逃れたヴァレリーは、その後パリに戻り、晩年の力作『わがファウスト』の執筆を続けます。しかし、ヴィシー政権への批判的な姿勢から、地中海中央研究所所長を解任されるなど、困難な時期も経験しました。戦後、所長に復帰しましたが、1945年5月に病に倒れ、7月20日に亡くなりました。国葬が執り行われ、その死はフランス国民に大きな衝撃を与えました。

日本における受容

日本では、小林秀雄が『テスト氏』を翻訳したのを皮切りに、ヴァレリーの作品が紹介されてきました。堀口大學や佐藤正彰、吉田健一ら多くの翻訳家によって、彼の詩や評論が翻訳され、広く読まれています。堀辰雄の小説『風立ちぬ』の冒頭には、ヴァレリーの詩の一節が引用されていることでも知られています。

主要作品

ヴァレリーの主要作品には、詩集『若きパルク』『海辺の墓地』『魅惑』、小説『テスト氏との一夜』、評論集『ヴァリエテ』シリーズなどがあります。彼はマラルメの影響を受けながらも、独自の詩風を確立し、近代詩学の発展に貢献しました。その洗練された表現と深い思想は、現代においても多くの読者に愛され続けています。彼の多様な著作は、詩、小説、評論、戯曲、さらにはアフォリズム集にまで及び、その知的探求の深さと幅広さは、類まれなものです。

まとめ

ポール・ヴァレリーは、詩人としての輝かしい業績のみならず、評論家、思想家、そして国際的な文化人としての顔も持っていました。彼の生涯は、知性と感性の揺らぎ、そして絶え間ない探求の物語であり、その作品群は、現代の私たちにとっても、多くの示唆に富むものと言えるでしょう。

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