マクロビウス

アンブロシウス・テオドシウス・マクロビウス：西ローマ帝国の知の巨人

アンブロシウス・テオドシウス・マクロビウス (Ambrosius Theodosius Macrobius) は、西ローマ帝国末期に活躍したラテン語の著述家です。正確な生没年は不明ですが、およそ400年頃に活動していたと推定されています。アフリカ出身である可能性が高く、新プラトン主義の影響を受けた非キリスト教徒（異教徒）であったと考えられています。興味深いことに、彼の交友関係は宗教の枠を超えており、異教徒のシュンマクスやキリスト教徒のアルビヌスといった多様な人物と親交を持っていました。430年には、キリスト教徒が支配的な地位を占める中、イタリアの近衛軍司令官という要職に就いていた記録も残されています。

彼の知的な遺産は、主に2つの主要な著作、『スキピオの夢注解』と『サトゥルナリア』によって後世に伝えられています。これらの著作は、息子の教育を目的として執筆されたと推測されています。

『スキピオの夢注解』：哲学と政治の統合

『スキピオの夢注解』（Commentarii in Somnium Scipionis）は、キケロの『国家について』に収録されている「スキピオの夢」という挿話に対する詳細な注釈書です。その注釈の分量は、本文のおよそ16倍にも及びます。この膨大な注釈の中で、マクロビウスは新プラトン主義や新ピタゴラス主義の思想を巧みに取り入れながら、天文学、地球の気候帯、霊魂論、夢の解釈など、幅広いテーマを論じています。特に注目すべきは、キケロが提示した哲学と政治の統合という概念をさらに発展させ、「政治的美徳」という概念を明確に提示している点です。この著作は中世ラテン世界で広く読まれ、大きな影響を与えました。

『サトゥルナリア』：知的な宴の記録

『サトゥルナリア』（Saturnalia）は、古代ローマの祭典であるサトゥルナリア祭の日に、マクロビウスと友人たちが交わした多様な話題に関する対話をまとめた書物です。この著作は、ウェルギリウスの詩作に関する考察や、あらゆる神々が太陽の様々な側面を表しているという独特の神話解釈などが含まれており、多角的な知的な探求が展開されています。

その他の著作と評価

『ギリシア語とラテン語の差違と類似について』（De differentiis et societatibus graeci latinique verbi）という著作も存在したとされていますが、現在残っているのは9世紀のヨハネス・スコトゥス・エリウゲナによる要約のみです。

マクロビウスの業績は、彼の著作が中世ヨーロッパの思想に与えた影響の大きさからも明らかです。彼の著作は、ルネサンス期においても再評価され、後の思想家たちに大きな影響を与え続けました。彼の名前は、月のクレーター「Macrobius」や南極の入江「Macrobius Cove」といった地名にも残されています。彼の著作は、現代においても、古代ローマの思想や文化を理解する上で重要な資料として高く評価されています。

参考文献

ファーガソン, キティ 著、柴田裕之 訳『ピュタゴラスの音楽』白水社、2011年
C.S.ルイス 著、山形和美 監訳、小野功生；永田康昭 訳『廃棄された宇宙像 中世・ルネッサンスへのプロレゴーメナ』八坂書房、2003年
高田康成『キケロ-ヨーロッパの知的伝統』岩波書店〈岩波新書〉、1999年
松原國師『西洋古典学事典』京都大学学術出版会、2010年

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