新ピタゴラス主義

新ピタゴラス主義：古代ローマにおけるピタゴラス思想の再生

新ピタゴラス主義は、紀元前1世紀から2世紀にかけて地中海世界で栄えた哲学思潮です。紀元前6世紀のピタゴラスの思想を継承するもので、数理哲学、宇宙論、倫理学といった多様なテーマを扱っています。しかし、前4世紀に衰退したピタゴラス教団のような組織的な集団ではなく、ローマやアレクサンドリアなど各地に散在する哲学者たちのゆるやかなネットワークとして存在しました。

新ピタゴラス主義の起源と展開

新ピタゴラス主義の起源は明確に特定できませんが、キケロの友人であるニギディウス・フィグルスがローマでピタゴラス主義を復興させたことが、その始まりとされることが多いです。その後、地中海世界各地で、ピタゴラスの思想を独自に解釈し発展させる哲学者たちが現れました。

特に重要な人物としては、テュアナのアポロニオス、神秘主義者として知られるニギディウス・フィグルス、数学者で天文学者のスミュルナのテオンなどが挙げられます。これらの哲学者たちは、それぞれの場所でピタゴラス思想を基盤に独自の哲学体系を構築しました。

新ピタゴラス主義の特徴

新ピタゴラス主義は、数理哲学に重点を置きました。特に「万物の原理は数である」というピタゴラスの思想を拡張し、宇宙や人間の存在、神々などを数の関係によって説明しようとした点が特徴的です。この思想は、神秘主義や占星術、魔術などのオカルト的な要素とも結びついていました。

さらに、ピタゴラスの禁欲的な生活様式や倫理観を理想とし、宗教的な要素も強い哲学体系として展開しました。ポルピュリオスやイアンブリコスといった新プラトン主義の哲学者たちは、ピタゴラスの伝記を著し、彼を神格化して崇拝の対象としています。この伝記は、単なる歴史記録ではなく、理想的な生き方のモデルとして書かれた聖人伝であると言えるでしょう。

他の哲学思想との関係

新ピタゴラス主義は、中期プラトン主義と密接に関連していました。プラトンの哲学にはピタゴラスの影響が強く見られ、新ピタゴラス主義の哲学者たちは、プラトンの思想をピタゴラス主義の視点から解釈しようとしました。特にアレクサンドリアのエウドロス、ガデイラのモデラトス、アパメアのヌメニオスなどは、新ピタゴラス主義と中期プラトン主義の両方に属する思想家として知られています。

また、ストア派やキュニコス派といった他の哲学思想とも交差する点が見られます。セクスティウス派やキュニコス派のペレグリノスは、ストア派、新ピタゴラス主義、キュニコス派の思想を融合させた独自の哲学体系を構築しました。天文学者のプトレマイオスも、ピタゴラス主義を批判的に継承しながら独自の天文学体系を確立しています。

後世への影響

新ピタゴラス主義は、その後新プラトン主義に大きな影響を与えました。新プラトン主義の哲学者たちは、新ピタゴラス主義の文献や思想を積極的に取り込み、自らの哲学体系を構築しました。また、ルネサンス期の人文主義者たちは、イアンブリコスや偽ロクリスのティマイオスなどの著作を高く評価し、彼らの思想を研究しました。

今日でも新ピタゴラス主義の思想は、数理哲学、神秘主義、宗教思想などの研究において重要なテーマとなっています。現代の哲学者や歴史家たちは、その複雑な思想体系と歴史的影響を解明しようと、研究を続けています。テュアナのアポロニオスは、イエス・キリストと共通点が指摘されることから、キリスト教との関連性についても研究がなされています。


参考文献

チェントローネ, ブルーノ 著、斎藤憲 訳『ピュタゴラス派 その生と哲学』岩波書店、2000年
ファーガソン, キティ 著、柴田裕之 訳『ピュタゴラスの音楽』白水社、2011年
左近司祥子『謎の哲学者 ピュタゴラス』講談社選書メチエ、2003年
中畑正志 著「プラトン哲学・アリストテレス哲学の復興」、内山勝利 編『哲学の歴史 第2巻 帝国と賢者 古代2』中央公論新社、2007年
納富信留『ギリシア哲学史』筑摩書房、2021年
イアンブリコス『ピュタゴラス伝』佐藤義尚訳、国文社
ポルピュリオス『ピュタゴラス伝』
イアンブリコス『ピタゴラス的生き方』水地宗明訳、京都大学学術出版会
ピロストラトス『テュアナのアポロニオス伝』秦剛平訳、京都大学学術出版会
ポルピュリオス『ピタゴラスの生涯 付録:黄金の詩』水地宗明訳、晃洋書房
* ポルピュリオス『ピタゴラス伝 / マルケラへの手紙 / ガウロス宛書簡』山田道夫訳、京都大学学術出版会

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