マスード・アズハル

マスード・アズハル（ウルドゥー語: محمد مسعود اظہر）は、主にパキスタンが実効支配するジャンム・カシミールで活動するイスラーム過激派組織、ジャイシュ＝エ＝ムハンマド（JeM）の創設者であり指導者です。急進的なイスラム主義者として知られ、国際的にはテロリストと見なされています。その影響力は南アジア地域にとどまらず、BBCニュースによって「イギリスにジハードを持ち込んだ男」と評されるほどです。2019年5月1日には、国際連合安全保障理事会によって国際テロリストとして正式に指定されました。

前半生と初期の活動

アズハルは1968年 7月10日、パキスタン、パンジャーブ州のバハーワルプルで11人兄弟姉妹の3番目として生まれました。彼の父は公立学校の校長を務め、家族は酪農や家禽業も営んでいました。アズハルは8年生で普通学校を中退し、イスラーム学校ジャミア・ウルーム・イスラムに入学。1989年に卒業後、すぐに教師に任命されました。このマドラサはハルカット＝ウル＝アンサル（HuA）と深いつながりがあり、アズハルもやがてその組織に加わったと考えられています。アフガニスタンのジハード訓練キャンプに参加しましたが、訓練を終える前に負傷し離脱しました。その後、彼はHuAの広報部門責任者に選ばれ、ウルドゥー語とアラビア語の雑誌編集も担当しました。

やがてアズハルはHuAの事務総長に就任し、新兵募集や資金集め、汎イスラーム主義の思想普及のため世界各地を歴訪しました。訪問先には、ザンビア、アブダビ、サウジアラビア、モンゴル、イギリス、アルバニアなどが含まれます。

海外での活動と逮捕

1993年、アズハルはアルカーイダと連携するソマリアの組織アル＝イティハード・アル＝イスラミアの指導者と会うためケニアのナイロビへ向かい、HuMからの資金と新兵提供を約束したとされています。インド情報当局は、彼が少なくとも3度ソマリアを訪れ、イエメンの傭兵を送り込む手助けをしたと見ています。同年8月には、演説や資金調達、新兵募集のためイギリスに入国。イギリス国内の主要なイスラーム施設でジハード思想を広め、「アッラーのために殺すこと」や「預言者の言行の本質がジハードにあること」を説きました。彼はイギリスで築いた人脈を通じて、後のテロ計画（7.7事件、7.21事件など）のための訓練や兵站支援に関与したとされます。

1994年初頭、アズハルはHuA内の対立を解消するため、身分を隠してインドのシュリーナガルに向かいましたが、アナントナグ近郊でインド当局に逮捕されました。テロ活動に関与した容疑で収監された彼は、逮捕時に「イスラームの兵士は12カ国からカシミール解放のために来ている。我々は諸君の銃にロケットランチャーで応えるだろう」と述べたと伝えられています。1995年7月には、ジャンム・カシミールで発生した外国人旅行者誘拐事件において、犯人グループ「アル＝ファラン」がアズハルの釈放を要求しました。人質の一部は殺害されるか、消息不明となりました。

ハイジャック事件と釈放

4年後の1999年12月、ネパールからインドに向かっていたインディアン航空814便がハイジャックされ、アフガニスタンのカンダハールに着陸しました。当時、カンダハールはターリバーンに支配されており、彼らはパキスタンの情報機関ISIと協力関係にあると見られていました。ハイジャック犯は人質解放の条件として、アズハルを含む3人の釈放を要求しました。インド政府は批判を受けながらもこの要求に応じ、アズハルは釈放されました。ハイジャックの実行犯はアズハルの兄弟イブラヒム・アトハルが指揮し、事件の計画は弟アブドゥル・ラウフ・アズハルが行ったとされています。アズハルは釈放後、直ちにパキスタン領内に逃れました。パキスタン当局は彼を逮捕すると述べましたが、国境の状況から困難を極め、当局は彼が告発される理由がないため帰国が認められると示唆しました。

釈放後、アズハルはパキスタンのカラチで約1万人の聴衆を前に演説を行い、カシミールをインドの支配から解放することを誓いました。「これはインドを破壊するまでムスリムが安息を得られないことを告げる義務である」と宣言しました。1999年、マスードの釈放後、ハルカット＝ウル＝アンサルはアメリカ政府によってテロ組織に指定され、組織名をハルカット＝ウル＝ムジャヒディン（HuM）に変更しました。

ジャイシュ＝エ＝ムハンマドの設立と主要テロ事件

アズハルは釈放後、ジャイシュ＝エ＝ムハンマド（JeM）という新たな組織を設立しました。この組織はパキスタンのISI、アフガニスタンのターリバーン政権、ウサーマ・ビン・ラーディン、パキスタン国内のスンニ派組織などから支援を受けたと伝えられています。JeMはアズハルの家族によって運営されており、家族経営の様相を呈しています。JeMは、2001年12月のインド議会襲撃事件など、インドを標的とした一連の重大なテロ事件に関与しました。この襲撃はインドとパキスタンを全面戦争寸前の状態に追い込み、両国間の緊張を高めました。インド議会襲撃事件には、JeMとラシュカレトイバ（LeT）のテロリストが関与し、多数の死者を出しました。この事件後、パキスタン当局は国際社会からの圧力によりアズハルを一時拘禁しましたが、正式な起訴は行われず、2002年12月には自宅軟禁が解除されました。以降、彼は再び逮捕されることはありませんでした。

アズハルは2008年12月のムンバイ同時多発テロへの関与も指摘されましたが、パキスタン政府は彼の逮捕を否定し、居場所を知らないと述べました。しかし、2004年1月には2年間の隠遁生活の後に姿を現し、カシミールでのジハードを呼びかける集会で演説しました。

2016年1月のインド、パタンコット空軍基地襲撃事件は、マスード・アズハルとその兄弟によって指導されたとされています。インド捜査当局はアズハルが襲撃の共犯である証拠を提示し、インターポールに国際手配を再度要請しました。

2019年2月14日には、インドのジャンム・カシミール州プルワマ県で発生した治安部隊車両への自爆攻撃について、JeMが犯行声明を出しました。この襲撃はパキスタン陸軍病院で承認されたとされており、多数の治安部隊員が犠牲となりました。この事件後、フランス、イギリス、アメリカ合衆国はアズハルの活動を差し止める提案を国連安全保障理事会に行いました。

国際的な制裁と著作活動

アメリカ合衆国財務省は、JeMの「実行部隊」とされるアル・ラフマットとともに、JeMの創設者であるアズハルをテロ支援者として指定し、アメリカ人がこれらの組織に関与することを禁止しています。長年、中国政府は「証拠不十分」などを理由に、国連安全保障理事会におけるアズハルのテロリスト指定を度々阻止してきました。2006年以降、少なくとも4回にわたり阻止が試みられましたが、2019年5月、中国は態度を軟化させ、ついにマスード・アズハルは国連により国際テロリストとして指定されるに至りました。

アズハルは自身を「多作な著者」と称し、主にジハードに関する約20冊の書籍や小冊子を執筆しています。代表的な著作には、ジハードの重要性を説く『Fatah-ul-Jawad』や『Faz̤āʼil-i jihād, kāmil』、極めて反ユダヤ的な内容とされる『Yahūd kī cālīs bīmāryān̲（ユダヤ人の40の堕落）』などがあります。これらの著作を通じて、自身の思想や活動の正当性を主張し、支持者を募っています。

マスード・アズハルは、その過激な思想とテロ組織の指導者としての活動を通じて、南アジア地域の不安定化に深く関与し続け、国際社会におけるテロとの戦いにおいて重要な標的の一人となっています。

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