マリオ・モリーナ

ノーベル化学賞受賞者であり、地球環境科学に多大な貢献をしたメキシコの化学者、マリオ・ホセ・モリーナ・エンリケス（Mario José Molina Henríquez）の生涯と業績を紹介します。彼はフロンガスによるオゾン層破壊の危険性を科学的に解明し、その対策に向けた国際的な取り組みを主導したことで知られています。

概要

マリオ・モリーナは1943年 3月19日にメキシコシティで生まれ、2020年 10月7日に77歳で亡くなりました。彼は、1995年にパウル・クルッツェン、フランク・シャーウッド・ローランドと共にノーベル化学賞を受賞したことで最もよく知られています。この受賞は、彼らが明らかにしたフロンガス（クロロフルオロカーボン類）が成層圏のオゾン層に与える影響に関する先駆的な研究が高く評価されたものです。モリーナ氏は、自然科学分野でノーベル賞を受賞した初のメキシコ人であり、インプット時点では唯一のメキシコ人受賞者でもあります。彼の功績は、バナジウムの発見者アンドレス・マヌエル・デル・リオや経口避妊薬の発明者ルイス・ミラモンテスと並び称され、「メキシコ3大化学者」の一人に数えられています。

オゾン層破壊の発見と警告

モリーナ氏の最も重要な科学的貢献は、地球のオゾン層を脅かす化学物質の特定とそのメカニズムの解明です。1974年、カリフォルニア大学アーバイン校に在籍していたモリーナ氏は、指導教官であるF.S.ローランド教授と共に、当時スプレー缶や冷房装置の冷媒などに広く用いられていたフロンガスが、大気中で分解されて塩素原子を放出し、この塩素原子が触媒となってオゾン分子を連鎖的に破壊するという画期的な研究結果を発表しました。この知見は科学誌『ネイチャー』に掲載され、大きな波紋を投げかけました。研究発表当初、この科学的な警告に対する社会や科学界の反応は鈍く、フロンガス産業界からは反論も寄せられました。しかし、モリーナ氏とローランド教授は事態の深刻さを訴え続け、1974年のアメリカ化学会で記者会見を開き、フロンガスの大気中への排出を即刻停止するよう世界に呼びかけました。彼らの粘り強い啓発活動と、その後の追試研究によって科学的根拠がさらに強化された結果、1976年には米国科学アカデミーがオゾン層破壊に関する包括的な報告書を発表し、フロンガス規制の必要性が公式に認められるに至りました。この科学的発見とその後の社会的な働きかけは、オゾン層保護のための国際協力、特に「モントリオール議定書」の採択へと繋がり、地球規模の環境問題解決に向けた科学者の役割を示す歴史的な事例となりました。この功績が、モリーナ氏、ローランド教授、そして独立してオゾン層化学を研究していたパウル・クルッツェン氏へのノーベル化学賞授与へと結実しました。

学歴とキャリア遍歴

マリオ・モリーナ氏は、弁護士で外交官だった父ロベルト・モリーナ氏と母レオノア・エンリーケス氏の間に生まれました。彼の学術的な道のりは、まずメキシコ国立自治大学で化学工学を修め、1965年に学士号を取得したことから始まります。その後、ドイツのフライブルク大学で修士課程を修了し、アメリカに渡ってカリフォルニア大学バークレー校で化学を専攻、1972年に博士号を取得しました。博士研究員としてカリフォルニア大学アーバイン校でノーベル賞につながる研究を行った後、彼はキャリアを通じて様々な著名な研究機関に所属しました。1974年から2004年にかけては、カリフォルニア大学アーバイン校、メキシコ国立自治大学、カリフォルニア工科大学のジェット推進研究所、そしてマサチューセッツ工科大学（MIT）などで研究や教育を行いました。特にMITでは地球科学の教授として活躍しました。2004年7月1日以降は、カリフォルニア大学サンディエゴ校の化学科およびスクリップス海洋研究所の大気化学センターに籍を置き、研究活動を続けました。

主要な受賞と栄誉

ノーベル化学賞に加えて、マリオ・モリーナ氏はその卓越した科学的功績と社会への貢献に対して、数多くの国内外の賞や栄誉を受けています。主なものとして、様々な科学会からの賞（米国化学会のEsselen Awardやウィラード・ギブズ賞など）、米国科学振興協会ニューカム・クリーブランド賞、NASAからの顕彰、国際連合環境計画（UNEP）からのグローバル500賞や笹川環境賞、ピュー慈善信託環境保護賞、マックス・プランク賞、ボルボ環境賞などが挙げられます。2013年には、アメリカ合衆国大統領から市民に贈られる最高栄誉の一つである大統領自由勲章を授与されました。また、世界各国の名門大学から多数の名誉学位を授与されており、これにはイェール大学、デューク大学、ハーバード大学といったアメリカの大学や、メキシコ国内の主要大学、カナダ、ヨーロッパの大学などが含まれます。彼の功績を記念して、小惑星番号9680番は「モリーナ」と名付けられています。

社会への貢献と晩年

マリオ・モリーナ氏は、純粋な科学研究の枠を超えて、その知識を環境問題の解決や政策提言に活かすことにも力を注ぎました。彼はローマ教皇庁の科学司教アカデミー、全米科学アカデミーなど、国内外の重要な科学組織や諮問委員会のメンバーとして活動しました。メキシコにおいては、エンリケ・ペーニャ・ニエト大統領の気候変動政策アドバイザーを務めるなど、母国の環境保全にも貢献しました。私生活では、2006年にグアダルーペ・アルバレス氏と再婚しています。マリオ・モリーナ氏は、2020年 10月7日、メキシコシティで心筋梗塞により逝去しました。彼の科学者としての情熱と社会活動は、地球規模の環境問題に対する人々の意識を高め、持続可能な社会の実現に向けた国際的な行動を促す上で、計り知れない影響を与えました。彼のレガシーは、今後も多くの科学者や環境活動家に影響を与え続けることでしょう。

もう一度検索