マルキーズ・デュ・パルク

マルキーズ・デュ・パルク

17世紀フランスの舞台で輝きを放った女優、マルキーズ・デュ・パルク（本名マルキーズ＝テレーズ・ド・ゴルラ、1633年 - 1668年12月11日）。モリエール劇団などを拠点に活躍し、その並外れた美貌は、コルネイユ、ラシーヌ、モリエールという古典主義の三大作家を含む多くの男性の心を捉えました。

生涯

マルキーズは裕福な商人の娘として生まれました。父ジャコモ・ド・ゴルラは「オペラトゥール」と呼ばれる薬商人であり、1635年頃からリヨンに定住していました。薬の販売には、楽器演奏や中世のファルス（笑劇）といった大道芸が客寄せのために用いられており、興行とは密接な関係がありました。マルキーズも幼い頃から父の商売を手伝い、こうした舞台に立つ中で、後の華麗なバレエの才能を培ったとも言われています。

当時、パリに次ぐフランス第二の都市であったリヨンには、多くの劇団が行き交い、定住するものもありました。マルキーズもこうした劇団に一時身を置いていたとされます。モリエール劇団がリヨンに到着したのは1652年12月。その地で彼女はルネ・ベルトロと出会い、1653年2月19日に結婚契約を交わしました。モリエールはその証人の一人となりました。2月23日にはサント＝クロワ教会にて式を挙げ、使用人や召使役を得意としたルネが「デュ・パルク」を芸名としていたことから、マルキーズは「マドモワゼル・デュ・パルク」と呼ばれるようになります。モリエールは彼女の美しさに魅了され、その美貌を称える詩を贈っています。

結婚に際し、マルキーズの父は3000リーヴルという高額な持参金を用意しました。これは相当な富裕層でなければ用意できない額であり、流行最先端の高級店経営者と結婚できるほどの価値がありました。一方、ルネもそれなりの資産を有しており、このことからマルキーズが自身の意思で役者の道を選んだことがうかがえます。

1653年、モリエール劇団はかつての学友であったコンティ公アルマン・ド・ブルボンからの招待を受け、彼の別邸があるペズナスへ赴きました。コンティ公はフロンドの乱での敗北以来、居城に引きこもり享楽に耽っていました。この年、愛妾カルヴィモン夫人を喜ばせるため劇団を招き芝居を楽しもうと計画しましたが、到着した時には既に別の劇団がカルヴィモン夫人への贈り物で契約を取り付けており、コンティ公からは冷遇されます。愛妾の意向に左右されるコンティ公は、モリエール劇団に興味を失っていたのです。

旅費の支給すら怪しい態度に窮したモリエールは、やむなくしばらくの間ペズナスで公演を行うことにしました。コンティ公の秘書であった詩人サラザンは、劇団の芝居、特にマルキーズの美しさに魅了され、劇団をこの地に引き止めたいと画策します。露骨に「劇団を変えよ」とは言えないため、二つの劇団を競わせるよう仕向けた上で、カルヴィモン夫人にモリエール劇団の優位性を説いて同意させました。サラザンの策は見事に成功し、モリエール劇団はコンティ公の庇護を得るに至ります。その結果、劇団の財政は一層安定し、人気も高まりました。マルキーズの美しさが、劇団の発展に貢献したと言えるでしょう。

私生活では、1654年3月に長男、1658年に女児、1659年10月にも女児、1663年1月には男児を出産しています。最後の男児にはモリエールが名付け親となりました。1657年にコンティ公の突然の心変わりにより庇護を失いますが、劇団は既に立ちゆかなくなるような状況ではなくなっていました。マルキーズは既に劇団の看板女優でしたが、夫の「グロ＝ルネ」ことルネもまた、大きな活躍を見せていました。戯曲は現存しませんが、『ぼうやのグロ＝ルネ』や『グロ＝ルネの嫉妬』といった作品が制作された記録があり、その活躍を裏付けています。

1658年、モリエールはパリ進出を計画し、その準備を進めていました。その一環として、パリに近いルーアンでの成功を通じて、更なる自信を得ようとしていました。ルーアンにはコルネイユ兄弟が住んでおり、彼らに対するモリエールの敬愛も、立ち寄りの動機の一つとされることがあります。出産のため劇団と別行動をとっていたマルキーズは、遅れて1658年5月末にルーアンへ到着。出産から回復したマルキーズは、ジルベール作『ディアーヌとエンデュミオンの恋』にて夜の女神を演じます。その演技を見たコルネイユは、彼女に恋の歌を捧げました。コルネイユ兄弟はすっかり彼女に夢中になり、熱心に言い寄りましたが、当時既に50歳を過ぎ、老人とも見なされていた大作家ピエールに対し、マルキーズは冷淡でした。弟のトマは兄ほどの詩才もなく、ほとんど顧みられなかったようです。

ルーアンを離れた後、モリエール劇団と共にパリへ到着しました。同年10月24日、ルーヴル宮殿にて国王ルイ14世臨席のもと公演を行い大成功を収め、劇団はプチ・ブルボン劇場の使用権を得ました。

1659年頃からは夫と共にマレー劇場の舞台に立つことが多かったものの、1660年の復活祭までにはモリエール劇団へ戻りました。この行動の真意は不明ですが、モリエールの配役に対する不満があったという説があります。当時劇団には、マルキーズ、カトリーヌ・ド・ブリー、マドレーヌ・ベジャールの三人の看板女優がおり、モリエールは彼女たちが配役を巡って対立しないよう苦心していました。旧友シャペルからの忠告もあり、この状況は確かだったようです。夫妻と入れ替わるように、マレー劇場の人気俳優ジョドレとその兄レピーがモリエール劇団に加入していることから、何らかの取り決めがあった可能性も指摘されます。1659年10月に出産していることから、この期間はほとんど舞台に立てなかったと推測されます。

1661年、財務大臣ニコラ・フーケの命により、モリエール初のコメディ=バレ『はた迷惑な人たち』が制作され、フーケの居城ヴォー＝ル＝ヴィコント城で上演されました。この上演はフーケ主催の豪華な催しの一部として行われ、国王ルイ14世、王母アンヌ・ドートリッシュ、王弟オルレアン公フィリップ1世とその妃など、錚々たる面々が招かれていました。ラ・フォンテーヌもこの上演を見たようで、彼もまたマルキーズの魅力に心を奪われた一人だったのではないかという説がありますが、確たる証拠はありません。『はた迷惑な人たち』は喜劇とバレエを組み合わせた斬新な趣向の戯曲でした。バレエを得意としていたマルキーズは、この作品で役を演じるとともに、華麗な舞踊を披露して観客を魅了したと伝えられます。その後、パレ・ロワイヤルでも一般公開されました。

1664年1月のルーヴル宮殿における『強制結婚』の初演でも、華麗な踊りを披露し、宮廷の貴族たちに強い印象を与えたと伝えられます。同年5月にヴェルサイユ宮殿で開かれた催しにおいても、見事なバレエを披露し、大きな評判を呼びました。

1664年10月、夫ルネ・ベルトロが病死しました。夫が亡くなるまで、マルキーズは数々の誘惑を受けながらもそれに応じない、貞節な女性であったと言われています。10月29日にサンジェルマン＝ロクセロワ教会で行われた葬儀の後、劇団はしばらく喪に服し、1665年の復活祭までは夫の給与がマルキーズに支給されることになりました。

ちょうど数ヶ月前の1664年4月、モリエール劇団はラシーヌのデビュー作『ラ・テバイード』を上演にかけていました。モリエールはラシーヌの非凡な才能を見抜き、この作品を一ヶ月に12回も上演するなど、並々ならぬ熱意を示していました。それに続き、第二作『アレクサンダー大王』を初演しましたが、ラシーヌはそのわずか二週間後に、この作品をブルゴーニュ劇場に持ち込み上演させてしまいました。当時、「戯曲出版までは、上演中の劇団の利益を損ねるような競演を避ける」という暗黙の了解があったため、ラシーヌとモリエールの関係は急速に悪化し、モリエールはラシーヌに上演料を支払うことなく、決裂に至りました。

しかし、ラシーヌには心残りがありました。それは、モリエール劇団で上演された『アレクサンダー大王』において、インドの女王アクシアーヌを演じたマルキーズが忘れられなかったからです。結局、ラシーヌによる引き抜きが成功し、1666年12月初演のモリエール戯曲『メリセルト』を最後に、マルキーズは劇団を退団、ブルゴーニュ劇場へ移籍しました。

1667年、ラシーヌの悲劇『アンドロマック』でヒロインに抜擢され、大成功を収めました。この成功により、女優として最高の瞬間を迎えたマルキーズですが、そのわずか一年後の1668年、急死します。堕胎手術の失敗による大量出血が原因だったとされています。彼女の葬儀の様子は詳細に伝わっており、ラシーヌは泣きはらし、息も絶え絶えだったという記録が残っています。半ば生ける屍のようだったとも伝えられています。

ところが、死後11年を経た1679年、人々は再び彼女を思い出すことになります。それは、同年発生した黒ミサ事件の中心人物として逮捕されたラ・ヴォワザンが、「マルキーズはラシーヌに毒殺された」という驚くべき供述を始めたためでした。当時の政府当局がこの証言を看過できなかったことから、既に演劇界から身を引いていたラシーヌは、裁判所に召喚され特別審問にかけられるなど、逮捕寸前にまで追い詰められました。どのように逮捕を免れたかは定かではありませんが、おそらくルイ14世に直訴したものと考えられています。結局、この毒殺疑惑事件は真相が解明されないまま、謎として残されました。

人物評

マルキーズに対する同時代の評価は様々です。ジャン・ロレは『はた迷惑な人たち』を見た後、彼女の舞踊の才能を称えています。



彼女は舞台で
素晴らしい効果を生み出す
美しい動きと
最も巧みなステップで
誰もが認めるダンスの名手だ



これは死後、『メルキュール・ド・フランス』誌に掲載された舞踊に関する評とも一致しており、彼女のバレエの技量が卓越していたことを裏付けています。



優雅で美しい彼女は
歌い踊る際もその魅力を失わない
他の誰よりも
その技術と足の動きにおいては
誰よりも優れている



しかし一方で、詩人ニコラ・ボワロー＝デプレオーは以下のような厳しい評価も下しています。



私はデ・パルク嬢を見たことがある
ラシーヌの詩の中で
悲劇の役を演じている彼女は
常に気取っており
その動作には
いつも大げさなものを感じた



ボワローは悲劇を演劇の最高峰と見なしており、喜劇での成功とは異なり、悲劇においてはまだ教えるべき点が多いと感じたのかもしれません。

モリエールの戯曲『ヴェルサイユ即興劇』には、マルキーズ本人役が登場し、以下のようなやり取りがあります。



デュ・パルク嬢：まあ、私だったらこんな役は下手にしか演じられないわ。何故あなたがこんなもったいぶった女の役をくれるのか分からないわ。
モリエール：これは驚いた、その口ぶりは「女房学校批判」の時の配役に文句をつけたのと同じだね。でも、あなたの役作りは素晴らしかったし、あなたの演技が最高だったのは衆目の一致するところさ。この役だって同じ。本当だとも。あなたは自分が思う以上にうまく演じるに決まってるよ。
デュ・パルク嬢：どうしてそうなるの？私ほど気取らない女はいないじゃないの。
モリエール：そのとおり。だからこそあなたは、自分の気質と正反対の人物を見事に演じて、あなたが優秀な女優だと人々にますますはっきり理解させることになるのさ。



『ヴェルサイユ即興劇』は『女房学校』を巡る論争中に制作され、劇作の舞台裏を描写しつつ敵対者を攻撃する内容を含んでいます。この台詞は現実に基づいていると考えられ、マルキーズの優れた演技力と、裏表のない率直な性格がうかがえます。

こうした評は現存するものの、残念ながら資料は乏しく、彼女の人物像の全体像を把握することは困難です。しかし、類稀な美貌と、多くの男性の心を惹きつける魅力を持っていたことは間違いないようです。

エピソード

夫ルネ・ベルトロは、結婚当時既にモリエール劇団の人気俳優で、その体型から「グロ＝ルネ（太っちょのルネ）」という愛称で呼ばれていました。モリエールは彼を題材にした作品を二つ書いていますが、どちらも現存していません。ルネは太めながらもかなりの美男子で、陽気な性格だったと言われています。
コンティ公の庇護獲得に協力したサラザンの動機について、同時代の人物で後に司教となったコスナックは、「マルキーズ・デュ・パルクに恋をしたためだ」と率直に述べています。
コルネイユ兄弟はマルキーズに捧げる詩を20編近く書いたとされますが、全てがピエール・コルネイユのものであるかは疑問視されています。
1997年には、彼女の半生を描いたフランス映画『女優マルキーズ』（主演ソフィー・マルソー）が制作されました。この映画は史実と創作が巧みに織り交ぜられていますが、冒頭のデュ・パルクとの出会いや結婚に関する描写は比較的正確です。

主な演じた役

（特記なき場合はモリエール作品）

『粗忽者』 - ヒポリット（1653年）
『恋人の喧嘩』 - アスカーニュ（1656年）
『ディアーヌとエンディミオンの恋』 - 夜の女神（1657年、ジルベール作）
『スガナレル：あるいはコキュにされたと思った男』 - セリー（1660年）
『ドン・ガルシ・ド・ナヴァール』 - エルヴィール（1661年）
『亭主学校』 - レオノール（1661年）
『はた迷惑な人たち』 - クリメーヌ（1661年）
『女房学校批判』 - クリメーヌ（1663年）
『ヴェルサイユ即興劇』 - マルキーズ（本人役、1663年）
『強制結婚』 - ドリメーヌ（1664年）
『エリード姫』 - アグランテ（1664年）
『ドン・ジュアン』 - ドンヌ・エルヴィール（1665年）
『人間嫌い』 - アルシノエ（1666年）
『メリセルト』 - メリセルト（1666年）
『アンドロマック』 - アンドロマック（1667年、ラシーヌ作）

題材にした作品

『女優マルキーズ』（原題：Marquise） - 1997年のフランス映画。

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