マルス2号

マルス2号は、1970年代にソビエト連邦が進めた火星探査計画において、1971年 5月19日にプロトン-Kロケットを用いて打ち上げられた無人探査機です。同じく1971年に打ち上げられたマルス3号とは同一の設計思想に基づいており、それぞれ火星周回軌道を目指すオービター（周回機）と火星表面への着陸を試みるランダー（着陸機）で構成されていました。マルス2号のランダーは、人類史上初めて火星の表面に到達した人工物として歴史に名を刻みました（ただし、制御された着陸には至りませんでした）。

打ち上げ時の総質量は燃料を含め4,650キログラム。内訳はオービターが3,440キログラム、ランダーが1,210キログラムでした。機体のサイズは、高さ4.1メートル、幅2メートルで、太陽電池パネルを展開すると幅は5.9メートルに達しました。

オービターの活動と成果

マルス2号のオービターは、ランダー分離後に逆推進ロケットを噴射し、火星周回軌道への投入に成功しました。その軌道は近点高度1,380キロメートル、遠点高度24,940キロメートル、周期18時間、軌道傾斜角48.9度でした。オービターに搭載された科学機器は、通常、火星に最も接近する近点通過時の約30分間に稼働されました。

オービターの主な任務は多岐にわたりました。火星の地表や雲の撮影、気温測定、地形や地表の組成・物理的特徴の研究、大気組成の測定、さらには太陽風や惑星間・火星の磁場の観測が含まれていました。また、火星表面に着陸したランダーからのデータを地球へ中継する役割も担っていました。

しかし、マルス2号が火星に到着した際、予期せぬ大規模な砂嵐が発生しており、ミッションの遂行に大きな影響を及ぼしました。マルス2号・3号の到着に先立つこと2週間、1971年11月14日に火星軌道へ到達したアメリカのマリナー9号は、この時火星の大気が「惑星規模の塵のローブ」で覆われているという、それまで観測された中で最も大きな砂嵐に遭遇していました。このため火星の地表は完全に隠されていました。残念ながら、マルス2号・3号の探査機コンピュータは軌道上からの再プログラムに対応していなかったため、オービターは火星到着後すぐに、この激しい砂嵐の最中にランダーを分離・突入させることとなりました。オービター自身も、本来の目的である地表マッピングではなく、特徴のない厚い砂塵の雲を捉えた画像の撮影に多くのデータリソースを費やすことになりました。

こうした困難な状況にもかかわらず、マルス2号のオービターは1971年12月から翌1972年3月にかけて、大量の観測データを地球へ送信しました。データ伝送は1972年8月まで継続され、同年8月22日には火星を362周した後、マルス3号と共にミッションを終了したことが発表されました。マルス2号がマルス3号と合わせて撮影した画像は約60枚に及びます。これらの画像や観測データからは、高さ22キロメートルにも達する山岳の存在、上層大気中の水素原子や酸素原子の発見、表面温度が摂氏マイナス110度からプラス13度の範囲にあること、表面気圧が5.5～6ミリバールであること、大気中の水蒸気密度が地球の約5000分の1であること、電離圏の底が高度80～110キロメートル付近から始まること、そして砂嵐によって巻き上げられた砂が高度7キロメートルに達することなどが明らかになりました。得られた画像とデータに基づき、火星表面の三次元地図を作成することも可能となり、火星の重力場や磁場に関する貴重な情報も取得されました。

ランダーの運命

マルス2号の降下モジュールは、1971年 11月27日、火星への到着約4.5時間前にオービターから分離されました。この降下モジュールは、直径1.2メートルの球形着陸カプセルと、直径2.9メートルの円錐形空力ブレーキシールド、そしてパラシュートや逆推進ロケットから構成されていました。全体で1,210キログラム、球形カプセル単体では358キログラムの質量がありました。姿勢制御は自動システムで行われ、着陸後の衝撃吸収には発泡体が用いられる設計でした。着陸カプセルには、着陸後に機器を露出し、360度撮影可能なテレビカメラ2台、大気組成を分析する質量分析装置、気温・気圧・風速センサー、土壌の物理・化学的性質を測定する装置などが搭載されていました。ソビエト連邦の国章旗も積載されていました。オービターとの通信は、カプセル上部から突き出す4本のアンテナと搭載無線機によって行われる予定でした。

しかし、マルス2号のランダーは搭載コンピュータの不具合により、火星大気圏へ突入する際の経路が不適切になってしまいました。高速（約6キロメートル毎秒）での突入に加え、恐らく突入角度が計画よりも鋭すぎたため、着陸システムは正常に作動しませんでした。パラシュートが開くこともなく、ランダーは最終的に火星表面に衝突したと推測されています。推定される衝突地点は南緯45度、西経313度付近ですが、正確な位置は判明していません。史上初めて火星表面に到達した人工物とはなりましたが、軟着陸には失敗し、計画されていた火星表面での探査活動は実施されませんでした。

マルス2号のミッションは、ランダーの着陸失敗やオービターの砂嵐遭遇といった困難に見舞われましたが、オービターによる観測は、当時の火星に関する理解を深める上で重要な貢献を果たしました。これらのデータは、その後の火星探査計画においても貴重な基盤となりました。

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