マルテンサイト系ステンレス鋼

マルテンサイト系ステンレス鋼：特性、製造、歴史、用途

はじめに

マルテンサイト系ステンレス鋼は、室温でマルテンサイト組織を主とするステンレス鋼の一種です。高い強度と耐摩耗性を持ちながら、耐食性も兼ね備えているため、刃物、タービンブレード、軸受など、多様な用途に用いられています。本稿では、マルテンサイト系ステンレス鋼の特性、製造プロセス、歴史、そして代表的な用途について詳細に解説します。

組成と組織

マルテンサイト系ステンレス鋼は、クロムを11～18％含むクロム系ステンレス鋼に分類され、ステンレス鋼の中ではクロム含有量が比較的少なく、炭素含有量が比較的多いのが特徴です。JIS規格ではSUS410やSUS420J2などが代表的な鋼種として挙げられます。

マルテンサイト組織を得るには、高温でオーステナイト化させた後、急冷する焼入れ処理が必要です。焼入れ後の状態は非常に硬く脆いため、通常は焼戻し処理を行い、硬さと靭性のバランスを調整します。焼戻し温度によって、耐摩耗性と靭性のどちらを優先するかを調整できます。

物理的特性

マルテンサイト系ステンレス鋼の密度は、オーステナイト系ステンレス鋼よりもやや低く、約7700 kg/m³程度です。強磁性体であり、電気抵抗と熱伝導率はステンレス鋼の中では最も低い値を示します。熱膨張率はオーステナイト系よりも小さく、比熱はフェライト系ステンレス鋼とほぼ同等です。

機械的特性

マルテンサイト系ステンレス鋼は、ステンレス鋼の中で最高の硬度と強度を達成できます。炭素量が多いほど硬度と強度は向上しますが、同時に脆性も増します。そのため、焼戻し処理が不可欠です。低温焼戻しは耐摩耗性を、高温焼戻しは靭性を向上させます。しかし、475℃付近の焼戻しでは脆化が起こる可能性があるため注意が必要です。高温域では500℃から急激に引張強さが低下するため、高温用途には他のステンレス鋼が適しています。

耐食性

マルテンサイト系ステンレス鋼の耐食性は、他のステンレス鋼と比較してやや劣ります。これは、クロム量が少ないことと、炭素の存在がクロム炭化物を形成し、耐食性を低下させるためです。しかし、清浄な大気や水環境下では十分な耐食性を示します。モリブデン添加によって耐食性を向上させた鋼種もあります。また、熱処理によっても耐食性が変化し、焼入れ状態が最も高く、焼なまし状態が最も低くなります。

加工

熱処理

マルテンサイト系ステンレス鋼の加工では、焼入れと焼戻しが一般的です。焼入れは980℃以上に加熱し、オーステナイト化させた後、急冷することでマルテンサイト組織を得ます。冷却速度が速すぎると、割れや変形が発生する可能性があるため、油冷や空冷が用いられます。焼入れ後には、残留オーステナイトのマルテンサイト変態による変形やき裂を防ぐため、焼戻し処理を行います。また、サブゼロ処理によって残留オーステナイトの量を減らすこともできます。

機械加工・塑性加工

加工は焼なまし状態で行うのが一般的です。焼なまし状態では、フェライト系ステンレス鋼と同程度の被削性を示します。被削性を向上させるため、硫黄やセレンを添加した快削鋼も存在しますが、耐食性が低下する点に注意が必要です。

溶接

溶接は、低温割れを防ぐために予熱が重要です。予熱によって冷却速度を遅くし、硬化による割れを抑制します。また、拡散性水素による遅れ割れを防ぐため、溶接棒の乾燥、乾燥した環境での溶接、溶接対象部の清浄化などが重要です。溶接後の後熱処理によって、靭性を回復させることができます。

用途

マルテンサイト系ステンレス鋼は、高い強度、耐摩耗性、耐食性が求められる用途に幅広く使用されています。

刃物: 包丁、ナイフ、ハサミ、カミソリなど。高い硬度が求められるため、高炭素量の鋼種が用いられます。
機械構造部品: タービンブレード、軸受、シャフト、ポンプなど。高温強度が求められる用途にはモリブデン添加鋼種が用いられます。
* 金型: プラスチック射出成形用金型など。耐摩耗性と耐食性が求められます。

歴史

マルテンサイト系ステンレス鋼の発明には、フランスのレオン・ギレとイギリスのハリー・ブレアリーの貢献が大きいです。ギレは1904年にマルテンサイト系ステンレス鋼に相当する試料を作成し、その組織と性質を研究していましたが、耐食性に気づきませんでした。ブレアリーは1913年に、耐食性を有するマルテンサイト系ステンレス鋼を発明し、特許を取得しました。アメリカの実業家エルウッド・ヘインズも同様の研究を行い、ブレアリーと特許争いを起こしましたが、最終的に共同で利益を共有することで合意しました。

まとめ

マルテンサイト系ステンレス鋼は、優れた強度、耐摩耗性、耐食性を兼ね備えた特殊鋼です。その特性を理解し、適切な熱処理や加工方法を選択することで、様々な用途に最適な性能を発揮します。 本稿が、マルテンサイト系ステンレス鋼の理解の一助となれば幸いです。

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