マーリン (ロケットエンジン)

マーリン (ロケットエンジン)

マーリンは、アメリカの宇宙開発企業スペースXによって開発・製造されている液体燃料ロケットエンジンです。同社が運用するファルコン1、ファルコン9、そしてファルコンヘビーといったロケットの第一段や第二段に使用されています。推進剤には、ケロシン系の燃料であるRP-1と液体酸素が用いられ、これらの燃焼にはガス発生器サイクルが採用されています。特筆すべきはその設計思想にあり、回収・再利用を念頭に置いた構造が特徴の一つです。

構造と機能

マーリンエンジンにおける推進剤の供給は、単一のシャフトで結合された2基のターボポンプによって行われます。これらのターボポンプは推進剤を燃焼室へ送り込むだけでなく、高圧のケロシンを利用して油圧アクチュエーターへの油圧供給も担っており、これにより独立した油圧システムを不要にしています。さらに、ロケットの姿勢を制御するロール軸方向の制御には、このターボポンプからの排気を利用しています。排気ノズルを可動させる動力源としてもターボポンプが活用されており、効率的なシステムが構築されています。

開発経緯とコスト効率

マーリンエンジンの開発には、かつてTRW社でロケットエンジンの開発に携わっていたトム・ミューラー氏とそのチームが深く関わっています。そのため、TRW社のTR-106/TR-107エンジンや、NASAのFastracエンジンがその技術的な前身として挙げられることがあります。マーリンは、再利用可能な設計により運用コストを大幅に削減していますが、製造コストそのものも低く抑えられています。同規模のロケットエンジンとしては非常に廉価であるとされており、その製造費は1億円程度と推測されています。このコスト効率の高さが、スペースXの打ち上げサービス低価格化に貢献しています。

型式と技術的進化

マーリンエンジンは、開発初期から複数の型式を経て改良が重ねられてきました。最初の型式である1Aに始まり、1Bを経て、現在（2021年時点）では最終改良版のマーリン1Dのみが生産されています。

マーリン1A

最初に設計されたマーリン1Aは、炭素繊維複合材を用いた使い捨てのアブレーション冷却式ノズルを採用していました。この型式はファルコン1ロケットの第一段エンジンとして使用されました。2006年3月24日のファルコン1初打ち上げでは、発射直後の不具合により失敗しましたが、翌2007年3月21日に行われた2回目の打ち上げでは、エンジンは正常に作動し、予定通りの飛行を実現しました。

マーリン1B

マーリン1Aの改良型としてマーリン1Bが開発されました。タービンの出力は1Aの1490kWから1860kWへと向上し、それに伴い推力も340kNから380kNに増強されました。この型式はファルコン9ロケットの第一段に9基クラスターとして使用される計画でしたが、マーリン1Aを用いたファルコン1の最初の失敗を受けて開発方針が変更され、再生冷却方式を採用したマーリン1Cへと開発が移行したため、実際の飛行に使用される機会はありませんでした。

マーリン1C

マーリン1Cでは、技術的な飛躍として再生冷却式のノズルと燃焼室が導入されました。これにより、エンジンの連続燃焼能力と再利用性が向上しました。2007年11月には、実際の打ち上げに相当する170秒間の燃焼試験に成功しています。

ファルコン1向けに開発されたマーリン1Cは、海面推力350kN、真空推力400kNを発揮し、真空比推力は304秒です。毎秒約140kgの推進剤を消費します。この型式は再利用を前提として設計されており、単一のエンジンで複数の試験を実施し、ファルコン1ロケット10回分の飛行時間に相当する合計27分間の稼働実績を達成しました。また、ファルコン1eやファルコン9に使用するために改良されたモデルでは、海面推力が560kNに向上しています。

ファルコン1ロケットの3号機で初めて飛行に使用されましたが、この打ち上げは軌道投入に失敗しました。しかし、スペースXのCEOであるイーロン・マスク氏は、エンジンの性能については問題なかったと言及しています。その後のファルコン1の4号機（2008年9月28日打ち上げ）では、マーリン1Cは正常に作動し、打ち上げは成功しました。

マーリン1Cバキューム / 1Dバキューム

宇宙空間での性能を最大化するため、マーリン1Cをベースに開発されたのがマーリン1Cバキュームです。このエンジンはファルコン9およびファルコンヘビーの第二段用として設計されており、真空での運用に最適化されています。大型化された排気セクションと高い膨張比を持つノズルを装備し、燃焼室は再生冷却式のニオブ合金製、ノズルは放射冷却式を採用しています。真空中での推力は411kN、比推力は342秒に達します。また、推力を60%から100%の間で調整する能力を備えています。2010年1月2日には、軌道投入に必要な長時間の燃焼試験（329秒）に成功しました。マーリン1Dバキュームは、ファルコン9 Version 1.1以降で使用されている改良型で、ファルコンヘビーの上段にも使用されています。

マーリン1D

現在の主力型式であるマーリン1Dは、ファルコン9 Version 1.1以降の第一段エンジンとして登場しました。海面推力620kN、真空推力690kN、真空比推力310秒という高い性能を誇ります。マーリン1Cと比較してノズルの膨張比が14.5から16へと増大しています。ファルコンヘビーの第一段およびブースターにも使用が予定されています。

マーリン1Dの重要な能力の一つは、推力を100%から最低70%まで絞ることができる点です。これにより、飛行中の加速度を制御したり、再使用のための着陸時に推力を調整したりすることが可能になりました。また、このエンジンの推力/重量比は160:1に達しており、これは開発当時、ロケットエンジンとしては世界最高クラスの数値となることが期待されていました。

マーリン1Dが初めて使用されたのは、2013年9月29日に行われたファルコン9 Version 1.1の最初の打ち上げ（6号機）でした。この打ち上げは成功裏に完了しました。

製造体制も確立されており、カリフォルニア州のスペースX本社工場で生産されています。2014年10月には製造数が100基に達し、その製造ペースは週に4基、年末までには週5基に引き上げられました。エンジンはサブアセンブリ単位で組み立てられ、品質検査の後、テキサス州マクレガーにある試験場で燃焼試験が行われます。性能が確認されたエンジンは再びカリフォルニアに戻され、ファルコン9の第一段構造体に取り付けられます。組み立てられた第一段は再びテキサスへ輸送され、9基のエンジンが一体となった状態でクラスター燃焼試験を受けます。2015年12月には、燃料の冷却やエンジンの改良により推力を約20%向上させた「ファルコン9 v1.1 フル・スラスト」が打ち上げられ、マーリン1Dのさらなる性能向上が実証されました。

マーリンエンジンシリーズは、スペースXのファルコンロケットの成功を支える基幹技術であり、その改良の歴史は同社の革新的な開発姿勢を反映しています。

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