ミツバチヘギイタダニ

ミツバチヘギイタダニとは

ミツバチヘギイタダニ（Varroa destructor）は、ダニ目ヘギイタダニ科に属するダニの一種です。セイヨウミツバチやトウヨウミツバチなどのミツバチに寄生し、バロア症と呼ばれる寄生虫病を引き起こすことで知られています。このダニによる被害は世界中で深刻化しており、養蜂業に大きな打撃を与えています。日本では、侵略的外来種ワースト100にも指定されています。

研究史

ミツバチヘギイタダニの最初の報告例は、1904年にインドネシア（ジャワ島）でトウヨウミツバチに寄生している個体が採取されたものでした。その後、1909年には日本でもミツバチヘギイタダニと同様の特徴を持つダニが報告されています。

1950年代には韓国や日本で再発見されましたが、当時はトウヨウミツバチのみに寄生が確認されていました。しかし、1959年に日本でセイヨウミツバチへの寄生が確認されて以降、世界中に被害が拡大しました。日本においては、1965年以降に目撃例が急増し、1970年代前半に被害のピークを迎えています。

この宿主の変更は、セイヨウミツバチがトウヨウミツバチの巣に盗蜜する際に、一部のダニが宿主を変えたことが原因ではないかと推測されています。また、ミトコンドリアDNAの解析から、ミツバチヘギイタダニにはKorea型とJapan型が存在し、それぞれが別の場所で新宿主への寄生能力を獲得したと考えられています。その後、ミツバチの輸出入を通じて世界中に広がりました。

学名の変遷

1904年に発見された当初、学名はVarroa jacobsoniとされていました。しかし、2000年の研究により、世界的に被害を拡大させているのは別種のVarroa destructorであることが判明しました。これに伴い、日本ではV. destructorの和名を「ミツバチヘギイタダニ」とし、V. jacobsoniは「ジャワミツバチヘギイタダニ」と改名することが提唱されました。

現在、オーストラリアでは、V. destructorは貿易港で輸入されたミツバチへの感染例のみが報告されている一方、V. jacobsoniはクイーンズランド州北部で定着が確認されています。

外見

雌の成ダニは小豆色の楕円形で、体長約1.1mm、体幅約1.7mmです。雄ダニは円形で体長約0.8mmです。ミツバチの成虫の体表で見られるのは、雌の成ダニのみです。

生活史

ミツバチヘギイタダニは、ミツバチの幼虫や蛹に寄生して体液を吸います。成熟した雌ダニ（母ダニ）は、産卵期になると巣房に侵入し、幼虫の餌である花粉団子に潜んで仮死状態になります。その後、幼虫が前蛹になった段階で体液を吸い始め、産卵を開始します。

最初に産む卵は必ず雄として生まれ、その後は雌が生まれます。卵から孵化した子ダニは、母ダニと共に蛹の体液を吸いながら成長し、成虫になると巣房内で交尾します。その後、羽化するミツバチの体表に取りついて巣房を出ます。交尾を終えた雄ダニや成熟できなかった雌の子ダニは、巣房内で死んでしまいます。

産卵経験のある母ダニは4～5日後、産卵経験のない雌ダニは10～11日後に再び巣房に入り、産卵行動を始めます。温暖な地域や夏場での寿命は約2ヶ月で、その間に何度も産卵を行います。そのため、1匹のメスが産卵を始めると、何も対策をしなければ1年後には1,000匹にも増え、50,000匹のミツバチのコロニーを全滅させる可能性があります。

亜社会性

ミツバチヘギイタダニは、成長過程において母ダニによる保護が不可欠であり、亜社会性の生活史を有することが判明しています。母ダニは、蛹の両脚部を動かすことで巣房内に空間を作り、この空間を子ダニと共同で使用します。また、母ダニは蛹の腹部に体液を吸うための穴を開けますが、母ダニが死亡すると子ダニはこの穴を開けられず、体液を摂取できずに死んでしまいます。

被害

ミツバチヘギイタダニの寄生を受けたミツバチは、体液が吸収され栄養不足になるだけでなく、チヂレバネウイルス（DWV）などのウイルス感染や、ダニから注入されるタンパク質による免疫力低下といった影響を受けます。

その結果、寄生されたミツバチは、巣房内で発育途中に死亡したり、羽化できても巣房から抜け出せなかったり、羽の形に異常が見られたりします。また、巣全体では幼虫の発育が不揃いになり、無蓋の巣房と有蓋の巣房がモザイク状に隣接する状況が見られます。

特に8月頃は女王バチの産卵数が減る一方でダニの活動が活発になるため、寄生率が急上昇します。また、冬季でも繁殖を続けるため、越冬前に対策を取らないと、ミツバチの半数が寄生を受けてしまうこともあります。これらの症状を総称してバロア病と呼び、ダニの寄生率が高い場合に生じるウイルスを主要因とした諸症状は寄生ダニ症候群（PMS）と呼ばれます。

ニュージーランドでは、ミツバチヘギイタダニの侵入により養蜂場のミツバチの90%が死滅し、アメリカでも30%が減少しています。

一方、元の宿主であるニホンミツバチなどのトウヨウミツバチは、ミツバチヘギイタダニに対して抵抗性があり、寄生率が低いことが知られています。これは、有蓋期間がセイヨウミツバチに比べて短く成熟するダニが少ないことや、働きバチがグルーミングで体表のダニを落とすことが理由として挙げられます。

対策

モニタリング・駆除

ミツバチヘギイタダニの駆除方法としては、物理的な除去や薬剤による駆除があります。

物理的な除去

雄蜂巣房トラップ法：雄蜂の巣房を定期的に取り出して冷凍することでダニを殺す方法
粉糖法：巣箱に粉糖を振りかけることでダニを落下させ、粘性ボードで捕獲する方法

これらの方法は、直接的な駆除よりもダニの寄生率を調査するモニタリング方法として有効です。

モニタリング方法

ガラス瓶法：働きバチをガラス瓶に入れ、粉糖やアルコールなどを加えて振り、ダニを検出する方法

駆除剤

化学合成剤：テデオン燻煙剤、フルバリネート接触剤、アミトラズなどが開発されてきましたが、長期間の使用によりダニが薬剤耐性を獲得したり、蜂蜜への残留が懸念されています。
天然成分由来の駆除剤：蟻酸、シュウ酸、チモールなどが開発されていますが、過剰摂取はミツバチの活動を害する可能性があります。また、封蓋された巣房内部のダニには効果がないため、ダニの生態や駆除剤の特性を理解した上で使用する必要があります。

近年、モッコウやゴボウに含まれるコスト酸に殺ダニ活性があることが確認されており、低毒性の殺ダニ剤候補として研究が進められています。

セイヨウミツバチの抵抗性獲得

アメリカやヨーロッパでは、ミツバチヘギイタダニに寄生された蛹を検知し除去するという抵抗性を獲得したセイヨウミツバチが報告されています。

脚注

出典

竹内一男著「第12章ミツバチのダニ」、青木淳一編『ダニの生物学』東京大学出版会、2001年12月、392-406頁。
俵養蜂場 (2018年2月). “養蜂ライブラリーミツバチヘギイタ[ダニ]について” (PDF). 俵養蜂場・ビーラボクリニック.

参考資料

* Wikipedia: ミツバチヘギイタダニ

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