ミトコンドリア・イブ

ミトコンドリア・イブとは

ミトコンドリア・イブとは、分子[[生物学]]において、現生人類の最も近い共通女系祖先を指す愛称です。およそ16±4万年前にアフリカに生存していたと推定されており、人類のアフリカ単一起源説を支持する有力な証拠の一つとされています。

しかし、彼女は「同世代で唯一、現生人類に対し子孫を残すことができた女性」ではありません。母系以外の系図を辿れば、彼女以外の同世代の女性に行き着くことも可能です。ミトコンドリア・イブは、人類史において特別な人物というわけではなく、年代特定が比較的容易なサンプルの一つに過ぎません。

発見の経緯

カリフォルニア大学バークレー校の研究チームが、世界各地の人々のミトコンドリアDNAを解析しました。その結果、人類の系統樹は二つの大きな枝に分かれ、一つはアフリカ人のみ、もう一つはアフリカ人の一部と他の全ての人種からなることが判明しました。このことから、全人類に共通する祖先の一人がアフリカにいたことが示唆され、その女性が「ミトコンドリア・イブ」と名付けられました。

ミトコンドリアDNAの役割

ミトコンドリアDNAは、母親からのみ子へ受け継がれます。この性質を利用することで、母方の家系を遡ることができます。また、ミトコンドリアDNAは組み換えを起こさないため、個人の違いは突然変異のみによるものと考えられます。突然変異の頻度は経過した年数と相関があるため、民族間でDNA配列が似ていれば最近に分かれた民族、似ていなければ遠い民族と判断できます。

このように、ミトコンドリアDNAの違いを調べていくと、人類の母親に辿り着ける可能性があります。ミトコンドリア・イブは、より正確には「現生人類の最も近い共通女系祖先」であり、彼女の女系祖先はすべて「現生人類の共通の女系祖先」でもあります。

分析の結果、ミトコンドリア・イブは約16±4万年前のアフリカにいたと結論づけられました。この研究は1987年に科学雑誌ネイチャーに発表され、ダーウィンも提唱した人類のアフリカ起源説を裏付けるものとして注目されました。ただし、この数値の最大値である20万年前という数字だけが独り歩きし、人類の歴史が大幅に遡ったという誤解も生じました。

2000年には、Y染色体を用いた同様の検討で、約6万年前に生存していたと見られる「Y染色体アダム」の存在も確認されました。Y染色体は父親から息子にのみ伝わるため、ミトコンドリア・イブとY染色体アダムが夫婦である可能性はありません。

よくある誤解

「すべての人類はたった一人の女性から始まった」という誤解がよく見られますが、正しくは「全ての現存する人類は母方の家系をたどると、あるミトコンドリアの型をもつ女性にたどり着く」ということです。これは、全ての人がミトコンドリア・イブの子孫であるという意味ではありません。

ミトコンドリアDNAは女性からしか伝わらないため、男性は自分のミトコンドリアDNAを後世に残せません。また、女性が産んだ子供が全て男性だった場合、その家系のミトコンドリアDNAは途絶えてしまいます。ある個人のミトコンドリアDNAが子孫に伝わるためには、その間の全ての世代に少なくとも1人の女性が産まれなければなりません。

ある世代の集団を考えた場合、ミトコンドリアDNAを持つ系統は、偶然によって増減を繰り返します。結果として、いずれかの世代で、ミトコンドリアDNAの系統が1つの系統に遡ることになります。この時点で、この系統以外の女性のミトコンドリアDNAにはたどり着けなくなりますが、核DNAに関してはそうではありません。

つまり、現代の人類が母系を辿っていくと、ある特定の型のミトコンドリアを持つ女性にたどり着くというだけで、その時代に他の女性が存在しなかったわけではありません。母系だけを辿るのではなく、父系も辿れば、ミトコンドリア・イブと同時代に生きていた他の女性にも辿り着くことができます。

ミトコンドリア・イブの存在は、単為生殖的に遺伝する性質によるものであり、人類の人口変動とは直接関係ありません。また、ミトコンドリア・イブは特定の女性を指すのではなく、時代によって変動します。もし5万年前の人類のミトコンドリアDNAサンプルが得られた場合、そこから遡ったミトコンドリア・イブは、現代人にとってのミトコンドリア・イブよりも古い時代の女性を指し示すでしょう。

ミトコンドリア・イブは、女系を通じてたくさんの子孫に恵まれたという以外、特別な点はありません。男系のみ、あるいは男系・女系を織り交ぜてたくさんの子孫に恵まれた者も存在するでしょう。また、ミトコンドリア・イブは、「過去から現在に至るまでの全ての人間が生まれた」特別な女性ではありません。あくまで、「現存する全人類はある女性（正確には特定のミトコンドリア）を共通の祖先として持つ」ということを示すものです。

ラッキー・マザー

ミトコンドリア・イブは、長い歴史の中で女系が絶えることのなかった幸運な女性、つまり「ラッキー・マザー」と表現されることもあります。

参考文献

Rebecca L. Cann, Mark Stoneking, Allan C. Wilson (1987). “Mitochondrial DNA and human evolution”. Nature 325: 31 - 36.
Peter A. Underhill et al. (2000). “Y chromosome sequence variation and the history of human populations”. Nature Genetics 26: 358 - 361.
ブライアン・サイクス『イヴの七人の娘たち』大野晶子訳、ソニー・マガジンズ、2001年

関連項目

最も近い共通祖先
女系
Y染色体アダム

もう一度検索