モンゴルのラーンナー侵攻

モンゴル帝国のラーンナー侵攻：13世紀の軍事遠征とタイ系諸勢力

はじめに

13世紀、勢力を拡大したモンゴル帝国は、現在の雲南省南部からタイ北部にかけて栄えたラーンナー王国を含むタイ系諸勢力に侵攻しました。この軍事行動は、東南アジアの歴史に大きな影響を与えた出来事として知られています。本稿では、モンゴル軍のラーンナー侵攻の経緯、その結果、そしてラーンナー王国とモンゴル帝国の複雑な関係について、最新の研究成果も踏まえながら詳細に解説します。

背景：13世紀の東南アジア

13世紀以前、現在のタイ王国領域の大部分はカンボジアのアンコール朝の支配下にありました。しかし、13世紀に入ると、ラヴォ王国やスコータイ王朝など、タイ系民族による新たな国家が次々と誕生しました。ラーンナー王国もこの時代に成立し、マンラーイ王が現在のチェンマイ近郊に都を築いたことがその始まりとされています。

従来、これらのタイ系諸国家の興隆は、モンゴル軍による東南アジア侵攻と関連付けて論じられてきました。特にラーンナー王国は、モンゴル軍の雲南・大理遠征を契機に建国されたとする説が広く受け入れられていました。しかし、近年の研究では、両者の直接的な関連性を示す史料的根拠が乏しいことが指摘され、この従来の解釈は修正されています。

モンゴル軍のラーンナー侵攻：軍事行動の展開

1253年、モンゴル帝国は大理国を征服し、タイ系諸勢力と直接接触するようになりました。しかし、初期のモンゴル軍の進出は限定的で、クビライ・カアンの時代には小規模な遠征が散発的に行われたに過ぎませんでした。

1301年、オルジェイトゥ・カアンの治世下で、最大規模の遠征軍がラーンナーに派遣されました。しかし、この遠征は「10人中7,8人が倒れる」ほどの惨敗に終わり、以後、大規模な軍事侵攻は行われなくなりました。14世紀に入ると、ラーンナー王はモンゴル皇帝への朝貢を開始し、この関係は明朝へと引き継がれました。

モンゴル軍の侵攻と雲南におけるタイ系諸族

1253年の大理国征服後も、現在の雲南省南部地域は、タイ系諸勢力によって支配されていました。モンゴルはこれらの勢力を服属させるため、何度か軍事行動を起こしました。1276年には、雲南行省のサイイド・アジャッルがタイ系諸族を招諭し、降伏させることに成功しています。これにより、モンゴルはタイ王国領に繋がるルートを確保しました。

1280年代には、モンゴル軍はラーンナー王国（漢文史料では「八百媳婦国」）への出兵を始めました。しかし、これらの遠征は、ビルマへの遠征と並行して行われた小規模なものであり、大きな成果を上げることはありませんでした。1284年には、雲南南部のタイ系諸勢力の反乱鎮圧のため、モンゴル軍が派遣されましたが、この際にもラーンナーへの侵攻は行われなかったようです。

1290年代に入ると、シップソーンパンナー王国（「車里」）の要請を受けて、モンゴル軍は再びラーンナーへの遠征を計画しましたが、これも明確な成功を収めませんでした。

1301年の大規模遠征とその後

1300年、雲南行省の要請を受け、モンゴル朝廷はラーンナーへの大規模遠征を決断しました。この遠征には、中国各地から2万人の兵士が動員されました。しかし、遠征軍は、気候風土に馴染めず、病気や食料不足により壊滅的な被害を受けました。結果として、この遠征は「無益於国」と評されるほどの失敗に終わりました。

このラーンナー遠征の失敗は、モンゴルの対ラーンナー政策に大きな転換をもたらしました。武力による征服を諦めたモンゴルは、朝貢関係の構築へと政策を転換しました。

朝貢関係の確立と両国の関係

1311年、ラーンナーからモンゴルへの初めての朝貢が行われました。その後、ラーンナー王国とモンゴル帝国の間では、朝貢を中心とした外交関係が安定的に維持されるようになりました。モンゴル側は、ラーンナーに宣慰司都元帥府を設置するなど、間接的な支配体制を確立しました。

元明交替とラーンナー王国

1368年、明朝が建国すると、モンゴル帝国の支配は終焉を迎えました。しかし、ラーンナー王国は明朝に対しても朝貢を続け、外交関係を維持しました。

モンゴルとタイ湾諸勢力との関係

モンゴル帝国は、ラーンナー王国以外にも、タイ湾沿岸の諸勢力とも接触していました。スコータイ朝やアユタヤ朝に繋がる勢力とも外交関係を結んでいましたが、その関係はラーンナー王国の場合とは異なり、海上交易を通じて行われました。

結論：モンゴルとラーンナーの関係性の変遷

モンゴル帝国とラーンナー王国との関係は、初期の軍事侵攻から、朝貢関係への転換、そして明朝への移行という複雑な変化を遂げました。この関係は、東南アジアの歴史に大きな影響を与えただけでなく、モンゴル帝国の対外政策の変遷を理解する上で貴重な事例となっています。

今後の研究課題

ラーンナー王国側の史料の解読が進み、モンゴル帝国との関係について、より詳細な知見が得られることが期待されます。また、モンゴル帝国の東南アジア政策全般との関連において、ラーンナー王国への侵攻の意義を再考する必要もあります。

参考文献

(ここに、本文中に引用された文献リストを記載する)

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