ヤウズ・スルタン・セリム橋

イスタンブールを貫く巨橋：ヤウズ・スルタン・セリム橋

イスタンブールのボスポラス海峡北部に位置するヤウズ・スルタン・セリム橋は、壮大なスケールを誇る鉄道道路併用橋です。かつては「第3ボスポラス橋」と呼ばれ、既存の2つの橋から約18.3キロメートル北に位置し、ヨーロッパ側のサルイエルとアジア側のベイコズを結んでいます。黒海への出口付近に架かるこの橋は、イスタンブールの交通インフラに大きな変化をもたらしました。

驚異的な規模と設計

2013年5月29日に着工、2016年8月26日に開通したヤウズ・スルタン・セリム橋は、その規模に圧倒されます。主塔の高さは322メートルで、当時世界第2位を記録（2012年時点）。橋の幅は58.4メートルと非常に広く、道路4車線×2方向と鉄道1本（複線）を備えています。全長2164メートル、主径間長1408メートルという巨大な構造物は、スイスとフランスの技術者チームによって設計されました。建設はトルコとイタリアの企業によるコンソーシアムが行い、総工費は約25億米ドル（2013年3月時点）に上りました。当初の計画では36か月の工期を予定していましたが、エルドアン首相の指示により、24か月での完成を目指したことで知られています。

北マルマラ高速道路プロジェクトの一環

ヤウズ・スルタン・セリム橋は、全長260キロメートルに及ぶ北マルマラ高速道路（O-6号線）の一部として位置付けられています。この高速道路は、イスタンブール市街地の北側を迂回し、西側のクナル、シリウリと東側のパシャコイ、ヘンデクを接続する重要なインフラ整備です。橋の通行料は、オダエリとパシャコイ間で設定され、1日の通行台数は片側13万5000台と予測されました。

建設過程と環境問題

建設過程では、数千本の樹木の伐採など環境問題が指摘されました。2013年には建設現場の誤りから工事が一時中断されたこともありました。政府は計画変更を発表しましたが、運輸省と建設会社は変更を拒否しました。このプロジェクトは、交通渋滞緩和という目的とともに、長らく保護されてきた土地の開発を促進する側面も持っていました。ボスポラス海峡周辺の緑地や湿地帯はイスタンブールの飲料水源であり、環境への影響を懸念する声も多く上がっていました。エルドアン大統領自身もかつてこのプロジェクトを「都市に対する殺人」と表現していたことも知られています。また、建設中の事故により労働者3人が死亡する痛ましい事故も発生しました。

物議を醸した橋名

橋の名前は、オスマン帝国皇帝セリム1世に由来します。彼は軍事的な成功を収めた一方、冷酷な統治で知られ、特にアレヴィー派への弾圧は大きな問題となりました。この命名は、アレヴィー派の人々から強い反発を招きました。

盛大な開業式

2016年8月26日の開業式には、トルコ大統領や首相のほか、ブルガリア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、マケドニア、バーレーン、北キプロスなどの要人が出席しました。これは、この橋が持つ地政学的な重要性を示しています。

経済的側面と課題

2018年のトルコ通貨危機においては、建設に関わったイタリア企業がプロジェクトの持ち分を売却する動きがありました。当初の予測収益に達しておらず、トルコ政府は事業者の収入を補填する必要性に直面していました。その後、中国工商銀行が巨額の融資の借り換えを主導するなど、経済的な課題も抱えていました。

ヤウズ・スルタン・セリム橋は、イスタンブールの発展に大きく貢献する一方で、環境問題や社会問題、経済問題など多くの課題を抱えたプロジェクトでした。その複雑な歴史と現状は、現代社会における大型インフラ整備の難しさを改めて考えさせられます。

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