ラ・イル

ラ・イル：百年戦争を駆け抜けた傭兵隊長

エティエンヌ・ド・ヴィニョル、通称ラ・イル。1390年頃ガスコーニュ地方に生まれ、1443年1月11日にモントーバンでこの世を去ったフランスの軍人は、百年戦争後期における重要な人物の一人です。その激動の時代を生き抜き、幾多の戦場で活躍したラ・イルの生涯と業績を紐解いていきましょう。

少年時代から傭兵として

幼少期からイングランド軍との戦いに身を投じたラ・イルは、アルマニャック伯ベルナール7世元帥の軍に加わり、本格的な軍歴をスタートさせます。ピカルディー侵攻（1411年）や、シャルル7世の軍に加わったブルゴーニュ派との戦い（1418年）では、その卓越した軍事スキルを発揮。特に、クシー城を一時的に奪還した際には、「王に非ず公に非ず、侯にも非ず、伯にも非ず、我はクシー城主なり」との言葉を残し、その名を広く知らしめました。その後も、バル枢機卿ルイ1世に雇われ、ヴェルマンドワ、ラン、ロレーヌなどで戦闘に従事、ボージェの戦い（1421年）にも参戦しています。ボージェでは宿で暖炉の事故により片足を負傷するも、傭兵としての活動を継続しました。

ジャンヌ・ダルクとの邂逅

1427年にはジャン・ド・デュノワらと共にモンタルジ包囲戦でイングランド軍を撃破、解放に貢献します。1428年10月にはオルレアン包囲戦に参戦、オルレアンとシノンの王宮を往復しながら軍資金の調達にも奔走しました。ニシンの戦い（1429年2月）での敗北後、オルレアンから離脱しますが、この後、ジャンヌ・ダルクと出会い、彼女に忠実な戦友として活動を共にすることになります。

ジャンヌと共にオルレアン包囲網を突破し、アランソン公ジャン2世、ジル・ド・レ、アンドレ・ド・ラヴァルらと合流してロワール川沿岸を進軍、パテーの戦いではザントライユと共に指揮官としてフランス軍の勝利に大きく貢献しました。しかし、1431年にはジャンヌ奪還に向かうも失敗、ジャンヌの処刑時にはイングランド軍の捕虜となっていました。シャルル7世の身代金負担により解放されると、リッシュモン大元帥率いるフランス軍で活躍を続け、ザントライユと共にジェルブロワの戦い（1435年）にも勝利を収めます。1438年にはノルマンディー総司令官に任じられるも、1443年1月11日、モントーバンで負傷し、その生涯を終えました。

ラ・イル：人物像と評価

ラ・イルは、百年戦争中盤までのフランス軍における傭兵制度下での司令官として、輝かしい武勲を残しました。一方で、略奪癖は最後まで治らず、国王と常備軍への軍制改革の流れの中で孤立していくことになります。野戦ではリッシュモン大元帥の指揮下では活躍したものの、単独での行動では幾度も敗北を喫しています。しかしながら、略奪や野戦での敗北は、当時の傭兵制度下ではよくあることでした。

「ラ・イル」というあだ名は、古仏語で「憤怒」を意味し、彼の粗暴で怒りっぽい性格を表しています。この言葉は、現代フランス語でも「癇癪持ち」を意味する言葉として残っています。信仰には関心が薄かった彼も、ジャンヌ・ダルクの強い勧めにより告解をしたという逸話も伝わっています。

また、ラ・イルはトランプのハートのジャックのモデルとしても知られています。モンタルジ解放の際には、「もしもお前がラ・イルで、ラ・イルが神様だったら、ラ・イルがお前にしてほしいと思うだろうことをラ・イルのためにしてやってくれ」と神に祈ったと伝えられています。

ラ・イルが登場する作品

ラ・イルは、映画、テレビシリーズ、舞台、漫画、アニメ、音楽朗読劇、テレビゲームなど、数多くの作品に登場し、その生涯は人々の記憶に刻まれています。これらの作品を通して、百年戦争という激動の時代を生きたラ・イルの姿を、改めて知ることができるでしょう。

参考文献

ジャン＝ポール・エチュヴェリー著、大谷暢順訳『百年戦争とリッシュモン大元帥』河出書房新社、1991年
ペルヌー, レジーヌ、クラン, マリ=ヴェロニック 著、福本直之 訳『ジャンヌ・ダルク』東京書籍、1992年
* 堀越孝一『ジャンヌ=ダルクの百年戦争』清水書院〈清水新書 042〉、1984年

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