リチャード・トレビシック

黎明期の蒸気機関車開発を牽引した革新者

リチャード・トレビシック（1771年4月13日 – 1833年4月22日）は、イギリスの先駆的な機械技術者であり、歴史上初めて人間が乗れる大きさの蒸気機関車を製作し、軌道上を走らせた人物です。蒸気機関車の開発史においては、ジョージ・スチーブンソンもよく知られていますが、その礎を築いたのはトレビシックでした。

イングランド南西部の鉱山地帯、コーンウォール地方で生まれたトレビシックは、幼い頃から鉱山とそこで稼働する機械技術に強い関心を抱きました。鉱山監督の息子として育ちましたが、学校での成績は振るわず、ある教師からは「反抗的で注意散漫」と評されるほどでした。しかし、算数においては非凡な才能を示し、その後の技術開発に活かされることになります。

彼の最も重要な貢献は、世界初の高圧蒸気機関を開発したことです。当時の主流であったワットによる低圧機関とは異なり、高圧を用いることで機関の小型軽量化を可能にし、移動する動力源としての応用を開きました。

革新的な技術への挑戦

経験を積むにつれて、トレビシックはボイラー技術の進歩により、高圧蒸気を安全に利用できる可能性を見出しました。彼は、復水器を省略し、小型化した高圧シリンダーを備えた機関の製作に取り組みます。この機関は、シリンダーを複動式とし、クランクによって直接回転運動を取り出す単純な構造で、ワット機関に不可欠だった複雑なビーム機構を不要にしました。蒸気は煙突から直接大気中に排出されたため、ワットの特許を侵害することもありませんでした。

これらの開発は、彼以前にもウィリアム・マードックらが高圧蒸気の可能性を模索していましたが、トレビシックはそれを実用的な移動手段へと結びつけようとしました。1799年にはイングランドで最初の高圧蒸気機関を稼働させたと言われています。

蒸気自動車から初の蒸気機関車へ

高圧蒸気機関の実用化は、自走する動力機械の実現を可能にしました。トレビシックはまず蒸気自動車の製作に着手し、1801年のクリスマス・イヴには、人間を乗せた「パフィング・デヴィル号」をカムボーンの丘で走行させることに成功しました。これは蒸気による動力交通の歴史的なデモンストレーションとなりました。しかし、この自動車は後に運転手のミスで機関を損傷させてしまいます。

その後、彼は蒸気機関車へと開発の焦点を移します。1802年に高圧蒸気機関の特許を取得した後、シュロップシャー州のコールブルックデールで定置型機関を製作し、その能力を示しました。さらに、この地で軌道上を走る機関車も製作したとされますが、その詳細は不明瞭です。

1803年には、改良型の蒸気自動車「ロンドン蒸気車」を製作し、ロンドンで走行実験を行いましたが、乗り心地の悪さや燃料費の高さから実用化には至りませんでした。また同年、グリニッジで使用されていた彼の設計した定置型蒸気機関が爆発事故を起こし、死傷者を出しました。トレビシックは操作ミスが原因と考えましたが、競合するボールトン・アンド・ワット社はこの事故を高圧蒸気機関の危険性の宣伝に利用しました。この経験から、トレビシックは機関に複数の安全弁や溶栓（可溶栓）といった安全装置を導入する改良を行いました。

歴史を動かした「ペナダレン号」の走行

彼の最も有名な功績は、ウェールズ南部のマーサー・ティドヴィルにあるペナダレン製鉄所で誕生した蒸気機関車「ペナダレン号」です。製鉄所の所有者サミュエル・ホンフレイの依頼を受け、当初ハンマー駆動用として製作された高圧蒸気機関を、ホンフレイの監督のもと機関車に改造しました。1803年、トレビシックはこの機関車の特許をホンフレイに売却します。

ホンフレイは、この機関車が10トンの鉄を牽引して約16kmの距離を運べるか、別の製鉄所主と500ギニーの賭けを行いました。そして、1804年2月21日、ペナダレン号は10トンの鉄に加え、5両の客車に分乗した70人もの人々を乗せて、目的地まで4時間5分で走破することに成功しました。これは、滑らかなレールと鉄輪による粘着走行が実用的でないと考えられていた当時の常識を覆す出来事でした。この走行は、多くの観衆が見守る中で行われ、機関車の能力を示す画期的なデモンストレーションとなりました。ペナダレン号は、水平に置かれた単一煙管ボイラーと、長いストロークを持つ単気筒シリンダーを備え、はずみ車と歯車を介して動輪に動力を伝達する構造でした。

しかし、ペナダレン号の道のりは平坦ではありませんでした。走行中に煙突が橋にぶつかるなど小さなトラブルに見舞われた他、最も深刻だったのは線路の問題です。当時の鉄道は馬車用のもろい鋳鉄製レールが使われており、機関車の重みに耐えきれず破損が頻発しました。また、機関車自体も回転のムラや歯車の破損、騒音などの問題を抱えていました。結局、機関車による輸送は数回で中止され、馬車牽引に戻されてしまいます。ペナダレン号も解体され、蒸気機関は元の用途に戻されました。これにより、本格的な鉄道の実用化は、まだ先のこととなりました。

ペナダレン号の歴史的な走行地であるマーサー・ティドヴィルには記念碑が建てられています。また、現存する資料に基づいて製作された実動する原寸大の複製が、ウェールズの国立ウォーターフロント博物館に保存されており、時折走行実演が行われています。

その後の挑戦と波乱の生涯

ペナダレン号での経験に続き、ニューカッスルでも蒸気機関車の製作を試みましたが、ここでも線路の問題に阻まれて実用化には至りませんでした。1808年にはロンドンで「キャッチ・ミー・フー・キャン号」を円形軌道で走らせ、蒸気機関車が馬よりも高速であることを示そうとしましたが、線路の強度不足から評判は芳しくありませんでした。この結果に落胆したトレビシックは、一時蒸気機関車の開発から距離を置きます。

その後、彼は高圧蒸気機関の様々な応用を模索しました。鉱山機械、圧延機、浚渫船など幅広い分野に関わります。特に注目すべきは、テムズ川の河底トンネル掘削プロジェクトへの参加です。困難な水漏れに直面したこのプロジェクトでは、様々な革新的な工法を提案しましたが、最終的には頓挫しました。しかし、彼が提案した沈埋トンネル方式は、後に別の場所で実現しています。

また、商人と組んで海運分野にも進出し、蒸気タグボートや鉄製タンク船などのアイデアを特許化しましたが、既存業界からの反発に遭うなど、こちらも順調にはいきませんでした。事業の失敗は資金難を招き、1810年には腸チフスで危篤状態に陥るなど、波乱続きでした。

一時はコーンウォールに戻り、効率的なコルニッシュボイラーや改良型蒸気機関を開発し成功を収めますが、彼の情熱は再び海外へと向かいます。

南米での冒険と帰郷

1816年、トレビシックはペルーのセロ・デ・パスコにある銀鉱山で排水用蒸気機関の設置依頼を受け、南米へと渡ります。高地での作業に適した高圧機関は成功を収めましたが、現地の協力者との関係悪化や独立戦争の影響で、鉱山開発は困難を極めました。財産を失いながらも、彼はペルー各地で鉱山技術のコンサルタントとして活動を続けました。一時はシモン・ボリバルの軍に協力したこともあります。

その後、エクアドルを経てコロンビアへ向かい、さらにコスタリカに渡って鉱業機械開発と輸送ルートの探検を行いました。この探検は非常に危険なもので、彼は何度も命の危機に瀕しました。カルタヘナで偶然ジョージ・スチーブンソンの息子ロバート・スチーブンソンと再会し、帰国資金の援助を受けて1827年に故郷イングランドへ戻ることができました。しかし、ほとんど無一文での帰還でした。

晩年と後世への影響

帰国後、彼は議会への補助金請願など再起を試みますが、成功しませんでした。晩年には新たな蒸気機関の設計や、高さ300mという巨大な記念碑の建設計画などを提案しますが、実現には至りませんでした。最後の仕事は、ダートフォードでの船用エンジン（反動式蒸気タービン）の開発でした。

1833年、肺炎を患ったトレビシックは、ダートフォードのホテルで誰に見舞われることもなく、無一文で息を引き取りました。葬儀費用は、彼の死を悼んだ同僚たちが集めて捻出しました。彼はダートフォードの墓地に埋葬されましたが、その場所は現在では記念銘板が残るのみとなっています。

波乱に富み、しばしば不遇だったトレビシックの生涯ですが、彼の功績は現代において高く評価されています。高圧蒸気機関や蒸気機関車の開発は、その後の産業革命と鉄道時代の到来に不可欠なものでした。彼の孫たちは明治時代の日本に招かれ、鉄道技術の指導に貢献するなど、その技術的遺産は世界に広がっています。

現在でも、彼の出身地カムボーンでは毎年「Trevithick Day」という祭りが開催され、パフィング・デヴィル号のレプリカがパレードの先頭を飾るなど、その偉業は語り継がれています。各地に建てられた記念碑や銘板、彼の名を冠した建物などが、発明者リチャード・トレビシックの功績を今に伝えています。

もう一度検索