リビングヘリテージ

リビングヘリテージ（Living Heritage）とは

リビングヘリテージとは、「生きている遺産」と訳されるように、現在も人々の生活や文化の中で活用されている有形・無形の文化遺産の総称です。単に過去の遺物を保存するだけでなく、その価値を現代に活かし、未来へと繋げていくという考え方が根底にあります。

定義

リビングヘリテージには明確な基準はありませんが、リチャード・エンゲルハルトが提唱した概念が一般的に用いられています。これは、文化遺産を単なる過去の遺物としてではなく、現在も社会の中で機能し、人々の生活や文化を形成する要素として捉える考え方です。

具体例

リビングヘリテージには以下のようなものが含まれます。

観光や学習教材として活用されている有形遺産：史跡や文化財など、歴史的な価値を持つ建造物や場所が、観光資源や教育の場として活用されているケースです。
文字通り使われている稼働遺産：かつて産業を支えた機械や設備などが、現在も稼働している状態を指します。
継承・伝承されてきた先人の知識や技術：無形文化遺産や無形文化財として、伝統的な工芸技術や芸能、祭りなどが継承されているケースです。
無意識に存在している文化的空間や文化的環境：人々の生活の中で形成された文化的空間や、自然と共生してきた環境なども含まれます。
伝統的な生活環境・生活様式：昔ながらの暮らし方や習慣が、現代にも受け継がれている状態です。
人の手が入ることで維持管理される里山のような自然環境：人間の活動によって維持されてきた自然環境も、リビングヘリテージの一部として捉えられます。



リビングヘリテージは、文化資本や社会的共通資本としての側面も持ち合わせています。UNESCO（ユネスコ）では、「地域社会のリビングヘリテージ保護」を掲げ、地域固有の伝統や先住民の知恵の中に持続可能性の鍵があるとして、その活用を推進しています。

対義語としては、「過去の遺物」や「忘れられた文化」が挙げられますが、例えば遺跡であっても、人々の好奇心や歴史への関心が高まることで、リビングヘリテージへと昇華する可能性を秘めています。

文化的景観においては、「有機的に進化する景観」として、「残存する景観」と「継続する景観」に区分され、さらに「意匠された景観」「有機的に進化する景観」「関連する景観」に分類されます。これらは景観におけるリビングヘリテージとなります。

各国の対応

文化遺産の積極活用を最初に実行したのはイギリスで、1997年の「クール・ブリタニア政策」により文化遺産省を文化・メディア・スポーツ省に改編し、「保護から活用」へと方針転換しました。この動きは、2012年のロンドン五輪における文化オリンピアードに結実しました。

各国は、それぞれの状況に合わせて、リビングヘリテージの保護と活用に取り組んでいます。

イギリス：英国議会が中心となって推進
オランダ：EU域内における牽引役を果たす
スイス：自然環境も取り込んでいる
フランス：運用を公認民間企業に委託
イタリア：記録保存と活用にデジタル技術を活用
ベラルーシ：東欧の旧共産圏の中で特に関心を示している
オーストラリア：国家認証登録制を採用
ニュージーランド：イギリスを手本に政府を上げて観光促進利用を図る
スリランカ：ニュージーランドと同様の理由で推進
南アフリカ：和解の象徴として地域発展に貢献

日本の方策

日本では、古都保存法での「歴史的風土」や歴史まちづくり法での「歴史的風致」が、リビングヘリテージの根拠と解釈されています。文化財保護法の改正によって、歴史文化保存活用区域制度が実現すれば、リビングヘリテージの活用が本格化すると期待されています。

また、文化的景観の考え方を反映した重要文化的景観の選定も行われています。明治日本の産業革命遺産の世界遺産登録の際には、稼働遺産の保全に尽力することが閣議決定されました。2020年の東京オリンピックでは、文化プログラムの一環として、リビングヘリテージの活用も検討されました。

近年では、ユニークベニューという活用法も提唱されています。これは、歴史的建造物などをイベントや会議などの特別な場所として活用する考え方です。

個別提言

リビングヘリテージ発祥の地であるイギリスから来たデービッド・アトキンソンは、文化財の価値を高めるには、そこに「人間文化」（生活感）を押し出すべきだと主張しています。文化財になる前の「生きていた時期」を重視し、文化人類学や家政学的な視点が欠けていることを指摘しています。

懸念事項

リビングヘリテージにおける最も重要な課題は、「保護と活用の両立」です。文化遺産を適切に保護しながら、どのように活用していくか、バランスの取れたアプローチが求められます。

まとめ

リビングヘリテージは、過去から現在へと受け継がれてきた文化遺産を、単に保存するだけでなく、現代社会の中で積極的に活用し、未来へと繋げていくための重要な概念です。地域固有の文化や歴史を大切にし、持続可能な社会を築いていく上で、リビングヘリテージの視点はますます重要になっていくでしょう。

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