稼働遺産

稼働遺産とは

稼働遺産とは、文化遺産の中でも特に、現在も稼働している状態にあるものを指します。これは主に産業遺産に見られ、歴史的な背景を持ちながらも、現代社会において実用的な役割を果たしている点が特徴です。英語では「operational heritage」または「operated heritage」と訳され、その対訳語として用いられています。

稼働遺産の定義

稼働遺産には厳密な定義はありませんが、一般的には以下のものが含まれます。

操業中の機械設備: 工場などの生産設備や機械類で、現在も稼働しているもの。
水利施設: ダムや運河など、自然の力を利用して水をコントロールする施設で、現在も機能しているもの。
不動産・構築物: 農地、橋梁、駅など、受動的な用途で現在も使用されているもの。

稼働遺産は、単に保存するだけでなく、実際に使用することでその価値を維持し、次世代に伝えることを目的としています。この点が、動態保存とは異なる特徴です。

歴史的背景

日本では、1993年に文化財保護法に近代化遺産の概念が導入されたことで、産業遺産への関心が高まりました。その中で、稼働中の工場など、文化財指定外の施設にも注目が集まり、「大人の社会科見学」といった形で親しまれるようになりました。

しかし、稼働遺産という言葉が一般的に使われるようになったのは、比較的最近のことです。1999年に出版された産業遺産に関する書籍には、まだこの言葉は見られませんでした。2005年に開催されたシンポジウムで、国際産業遺産保存委員会のスチュアート・スミス事務局長が講演の中で触れたことが、ほぼ初出とされています。

2007年には、九州・山口の近代化産業遺産群が世界遺産の候補となり、その中に稼働中の施設が含まれていたことで、「遺産」という言葉が定着しました。

稼働資産・稼働文化財との違い

稼働遺産と似た言葉に、稼働資産や稼働文化財がありますが、それぞれ意味合いが異なります。

稼働資産: 税務用語で、収益を生み出す土地や施設を指します。
稼働文化財: 文化財保護法では、稼働中の機械を文化財と見なしていないため、この言葉は適切ではありません。また、可動文化財との混同を避ける意味でも、稼働遺産が適切な表現です。

世界の稼働遺産の事例

世界遺産に登録されている稼働遺産の例として、以下のようなものがあります。

水利関係: カナダのリドー運河
農地: スイスのラヴォー地区の葡萄畑
橋梁: スペインのビスカヤ橋
駅: インドのチャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅
その他: ドイツのファグス工場、スイスのラ・ショー＝ド＝フォンとル・ロックル（時計製造業都市）

これらの遺産は、現在もそれぞれの機能を果たしながら、歴史的な価値も持ち続けています。

日本における稼働遺産

日本では、土木景観や農業景観が文化財保護法によって重要文化財、史跡、名勝、重要文化的景観などに指定されている事例があります。

明治日本の産業革命遺産

明治日本の産業革命遺産には、旧官営八幡製鉄所、三池港、長崎造船所などが含まれており、これらは稼働遺産として登録されました。しかし、実際には、長崎造船所の旧鋳物工場併設木型工場のように資料館として利用されている施設や、三角港のように行政が管理しているため稼働遺産とはされない施設もあります。

文化財保護法の課題

世界遺産に登録するためには、当該国の法的保護根拠が必要となります。日本では文化財保護法がその役割を担ってきましたが、指定されると建築物の増改築が制限されるため、生産活動に支障が出る可能性があり、所有者が指定を拒むこともあります。

また、文化財保護法は稼働機械を対象としていないため、自治体の文化財保護条例でも対象外となることが多いです。

政府の対応

このような課題に対応するため、2010年以降、政府は稼働遺産の世界遺産登録に向けた制度の見直しを進めてきました。文化財保護法中心主義を廃止し、他の法律も活用する方針を決定しました。また、内閣官房に産業遺産の世界遺産登録推進室を設置し、専門家による会議を重ね、稼働遺産の保全方法を検討しました。

世界遺産登録までの道のり

2013年には、国土交通省や経済産業省が稼働遺産の保護方法を検討し、景観法、港湾法、公有水面埋立法などの法律を適用することが決まりました。また、固定資産税の減免などの税制上の特例措置も講じられました。これらの取り組みの結果、2015年に明治日本の産業革命遺産が世界遺産に登録されました。

今後の課題と対策

明治日本の産業革命遺産の世界遺産登録後も、稼働遺産の保護は重要な課題となっています。黒部ダムや琵琶湖疎水、東海道新幹線など、今後も稼働遺産の登録が期待されており、そのための法的整備や制度の活用が求められています。

法律の活用

現在、工場立地法やPFI法などの活用が検討されています。また、ものづくり基盤技術振興基本法に基づき、稼働中の工場などを取り込む「歴史的建築物活用特区」の提案もされています。観光立国推進戦略会議では、産業遺産を観光資源として活用することが提唱されており、産業観光による地域おこしが推進されています。

創造都市ネットワーク

ユネスコの創造都市ネットワークは、地域文化を活かした経済発展を目指すもので、中小企業や町工場の保護にもつながる可能性があります。イタリアのボローニャのように、地域産業と密接に結びついた稼働遺産を保護し、地域経済の活性化につなげる取り組みが参考になります。

オーセンティシティの課題

稼働遺産の維持には、機械類の部品交換が必要になる場合がありますが、純正品であってもオーセンティシティ（真正性）の観点から価値が損なわれる可能性も指摘されています。企業と行政が協力し、文化資材の選定と管理を徹底することが求められます。

企業の責任

稼働遺産の保全には、企業の社会的責任だけでなく、株主の社会貢献意識も重要です。企業の経営体制が世界遺産に影響を与える可能性もあるため、稼働遺産を持つ企業は、その価値を理解し、保全に努める必要があります。

強制徴用問題

明治日本の産業革命遺産の登録過程では、一部の施設が強制徴用があった場所として韓国から反発を受けました。この問題は、遺産の歴史的記述や表現に関わるものであり、今後の課題として残されています。

まとめ

稼働遺産は、単なる歴史的遺産ではなく、現代社会においてもその役割を果たしている貴重な文化遺産です。その保護と活用には、法律や制度の整備だけでなく、企業や地域社会の理解と協力が不可欠です。今後、稼働遺産をどのように保護し、活用していくかが、私たちの重要な課題となるでしょう。

参考資料

稼働中の産業遺産の世界遺産への登録について (PDF) - 内閣官房地域活性化統合事務局
稼働中の産業遺産の世界遺産登録推薦に係る新たな枠組みについて (PDF) - 内閣官房地域活性化統合事務局
稼働中の産業遺産又はこれを含む産業遺産群を世界遺産登録に向けて推薦する場合の取扱い等について (PDF) - 総務省
稼働中産業遺産の保全の在り方に関するUNESCO＆ICOMOS関係者のご意見概要〈総論〉 (PDF) - 産業遺産国民会議

外部リンク

産業考古学会
全国近代化遺産活用連絡協議会
機械遺産 - 日本[[機械学会]]
土木学会選奨土木遺産 - 土木学会
* 水土里の文化遺産 - 農林水産省

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