リンカーン・ゼファー

ゼファー (ZEPHYR)

リンカーン「ゼファー」は、アメリカの自動車メーカー、フォード・モーターの高級車ブランド「リンカーン」でかつて生産・販売されていた自動車です。一時期はフォード傘下のマーキュリーブランドでも展開されたほか、イギリス・フォードにおいて上級車種の名称として用いられたこともあります。特に自動車史において重要な位置を占めるのは、1930年代に登場した初代モデルです。

初代 (1936–1942年 / 1945–1948年)

初代ゼファーは、1935年の発表を経て1936年モデルとして市場に導入されました。生産は1948年まで続きましたが、「ゼファー」という名称が公式に使用されたのは1942年まででした。企画の背景には、当時のフォードグループのラインナップにおいて、大衆車フォードの上位モデルと、最高級車リンカーン・モデルKの間に大きな隔たりがあったことがあります。フォード社長のエドセル・フォードの発案により、この空白を埋めるリンカーンの「エントリーレベル」にあたる中型車としてゼファーが開発されました。これは、ゼネラルモーターズやクライスラーといった競合他社が展開していた、フルラインナップ戦略に対抗するための重要な一手でした。ゼファーの成功は、1938年の中級ブランド、マーキュリーの立ち上げにも繋がり、フォードグループ全体の市場対応力を高めました。ゼファーは、不況期に登場した競合他社の「廉価版高級車」、例えばキャデラックのラ・サールやパッカード120/110などと類似した市場を開拓しました。

初代ゼファーの最大の魅力は、その革新的なスタイリングにありました。オランダ人技術者ジョン・ジャーダの流線型コンセプトを基に、ヨットデザイナーから転身したユージン・トゥレンヌ・グレゴリーが、フロントエンジン車向けに洗練されたデザインを生み出しました。フェンダー内に埋め込まれたヘッドランプや、空気力学を取り入れた滑らかなボディラインは非常に先進的でした。先行して流線型デザインを取り入れながら市場で苦戦したクライスラー・エアフローとは異なり、ゼファーは流線型デザインで商業的な成功を収めた最初期の例となりました。そのデザインは毎年のモデルチェンジで改良され、後のフォードやマーキュリー車のスタイリングにも影響を与えました。

メカニズム面では、シャーシ設計は前後とも横置きリーフスプリングを用いた固定軸という、当時のフォードV8に共通する保守的な構造でした。しかし、エンジンはクラスとしてはユニークなV型12気筒を搭載。排気量は4.3リッター（約267キュービックインチ）と比較的小ぶりながら、最高出力120HPを発生し、最高速度は約145km/h（90mph）に達しました。競合モデルが主にV8や直列8気筒を採用していた中で、V12エンジンはリンカーンらしい高級感を印象付けました。フォードとの部品共通化の一環として、エンジンとギアボックスの接続部はフォードV8と共通化されていましたが、エンジン自体はゼファー専用でした。独立懸架や自動変速機は生産期間中には導入されませんでした。

ゼファーは、リンカーンディーラーにおける販売不振を打開する起爆剤となりました。高価で販売が低迷していた最上級モデルのモデルKが1940年に生産を終了すると、1941年モデル以降のすべてのリンカーン車（有名なコンチネンタルや少数生産されたリムジン版を含む）は、ゼファーの基本的なシャーシをベースとするようになりました。年間生産台数自体は特 massiveではありませんでしたが、リンカーンブランド全体の売上の大部分を占め、初年度には15,000台以上を販売し、リンカーンの総販売台数の8割を占めるほどでした。

ボディタイプは、当初2ドアおよび4ドアセダンが中心でしたが、イヤーモデルごとにバリエーションが追加・変更されました。1937年にはクーペセダンやクーペ、タウンリムジンが登場し、1938年にはコンバーチブルモデルもラインナップに加わりました。1940年には一部ボディタイプの名称変更や廃止が行われ、実用性を高めるためにトランクスペースも拡大されています。

特に重要な派生モデルとして、1940年に登場したリンカーン・ゼファー・コンチネンタルがあります。これはゼファーのシャーシを改造して開発されたもので、後のリンカーンの象徴となる「コンチネンタル」の名前が初めて冠されたモデルです。当初は機械プレス用の金型が完全に揃わず、部分的に手作業で製造されており、生産台数は極めて限られていました。

ゼファーの生産は、戦時中の停止期間を挟んで1948年まで続きました。1948年5月、スタイリングとシャーシ設計を全面的に刷新した完全な戦後型モデル、1949年型のリンカーン・コスモポリタンが発表されたことにより、ゼファー由来のリンカーンの生産は終了となりました。

2代目 (2006年)

半世紀以上の時を経て、「ゼファー」の名前は2006年に復活しました。これは、リンカーン・LSの後継モデルとして位置づけられ、リンカーンブランドのエントリーモデルとして導入されました。しかし、この2代目ゼファーの寿命は短く、発売からわずか1年後の2007年には、リンカーン・MKZへと名称が変更されました。このモデルは、マツダ・アテンザなどともプラットフォームを共有していました。

車名について

「ZEPHYR」という名称は、ギリシャ語の「ゼピュロス（Ζέφυρος）」に由来します。これは、ギリシャ神話に登場する西風の神の名前です。

もう一度検索