リンカーン・Lシリーズ

リンカーン・Lシリーズ（Lincoln L series）、またはリンカーン・モデルLとも称されるこの自動車は、今日のフォード・モーター・カンパニーの前身の一つ、リンカーン・モーター・カンパニーが初めて市場に送り出したモデルです。1920年に登場し、1930年までミシガン州デトロイトで生産されました。同時代のメルセデス・ベンツ 630、ロールス・ロイス ファントムI、パッカード、キャデラック タイプ61といったトップクラスの高級車に対抗する存在として設計されました。

誕生と初期の歩み

リンカーン・モーター・カンパニーは、キャデラックの創業者の一人であるヘンリー・リーランドが、第一次世界大戦中に設立した会社です。当初はリバティV12航空機エンジンの製造を行っていましたが、終戦後に自動車製造へと転換を図ります。1920年に組織再編を経て、最初の自動車であるLシリーズの製造を開始しました。このモデルは1921年モデルとして販売が始まりました。デザインはリーランドの義理の息子であるアンガス・ウッドブリッジが担当しましたが、発表当時はやや保守的と評されました。第一次世界大戦後の不況期にあたり、リンカーン・モーター・カンパニーは設立初期から厳しい経営状況に直面しました。

フォードによる買収とその後の展開

財政的な困難が続いたため、1922年、リーランドは会社をヘンリー・フォードに売却することを決めました。売却額は裁判所の決定した800万ドルでしたが、リーランド自身の評価額はそれを大きく上回っていました。買収後間もなく、ヘンリー・フォードの経営手法に反発したリーランド一族は会社を離れます。その後、ヘンカーニ・フォードの息子であるエドセル・フォードがリンカーンの経営を率いることになり、Lシリーズの改良を主導しました。

フォード傘下に入ったLシリーズは、エドセル・フォードのもとで新しいボディデザインが導入され、スタイリングが洗練されました。技術的な改良も行われ、油圧式ショックアブソーバーが追加されて乗り心地が向上しました。また、生産工程の合理化が進められ、製造コストの削減にも成功しています。シャシーの基本設計は維持されましたが、ホイールベースは延長され、特徴的な60度LヘッドV8エンジンが搭載されました。このV8エンジンは、独自のコンロッド構造によりコンパクト化が図られていました。

1923年以降、エドセルの指揮のもと、セダン、フェートン、ロードスター、リムジンなど、多様なボディスタイルがラインナップに加えられ、顧客の幅広いニーズに応えました。特に、フリートウッドやブランといった著名なコーチビルダーによる特注ボディは、標準モデルよりも高価ながら高い人気を博しました。こうした努力の結果、リンカーンの販売台数は増加し、1923年末には会社は黒字化を達成しました。

特筆すべき事項と後期の改良

1924年には、ラジエーターシェルのニッケルメッキ化などの外観の変更や、前後バンパーの標準装備化が行われました。この時期、Lシリーズの大型ツーリングセダンが全米の警察署で採用され、「ポリスフライヤー」として活躍しました。これらの警察車両は、民間向けモデルに先駆けて4輪ブレーキや、防弾ガラス、専用ワイパー、銃架といった特別な装備を備えていました。

モデルライフの後期にあたる1927年には、小型のホイールが採用され、4輪機械式ブレーキが標準装備となりました。計器類のレイアウトも変更されています。1928年にはエンジンの排気量が拡大され、1929年には安全ガラスと二重ワイパーが導入され、安全性が高まりました。そして、1930年をもってLシリーズの生産は終了し、リンカーンのフラッグシップモデルは後継のモデルKへと引き継がれました。

コーチビルドと販売戦略

リンカーンLシリーズの大きな特徴は、多数のコーチビルダーとの提携によるボディの多様性でした。1920年代から30年代初頭にかけて、アメリカンやレバロンなど数十社がリンカーンLシリーズ向けのカスタムボディを製作。顧客は豊富なオプション装備の中から好みの仕様を選ぶことができました。

リンカーンは、当時の多くのメーカーが毎年行っていたモデルチェンジを採用しませんでした。これは、リンカーンの顧客層がしばしば複数の車両を所有し、多様なボディスタイルを求める傾向にあったため、統一的なモデルチェンジよりも幅広いボディワークを提供し続ける方が、顧客のニーズに応え、新規顧客獲得につながると判断されたためです。

生産台数とメディア登場

リンカーンLシリーズは、10年間の生産期間で合計65,120台が製造されました。その存在は後の大衆文化にも刻まれ、例えばテレビコメディ「ザ・グッド・ガイズ」や映画「ザ・マネー・ピット」といった作品にもその姿を見ることができます。

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