ルチオ・フルチの新デモンズ

ルチオ・フルチの新デモンズ

『ルチオ・フルチの新デモンズ』は、1990年にイタリアで製作されたホラー映画です。イタリアンホラー界の巨匠ルチオ・フルチがメガホンを取り、悪魔憑きをテーマにしたオカルト的な要素に、彼が得意とするスプラッター表現を織り交ぜた作品となっています。

概要

フルチにとって55本目の監督作にあたる本作は、オカルトホラーとスプラッター映画の融合を試みています。日本でVHSが発売された際の邦題『新デモンズ』は、ランベルト・バーヴァ監督の『デモンズ』（1985年）との直接的な関連はありません。しかし、イタリアでの原題「Demonia」が『デモンズ』の原題「Dèmoni」と似ていること、また『デモンズ』に出演していたリノ・サレンメとパオラ・コッツォが本作にも主要な役で出演していることから、日本国内ではあたかも続編であるかのような形でリリースされました。

製作当初は1990年の劇場公開を目指していましたが、撮影中にプロデューサーの資金繰りが悪化したため、劇場公開を断念せざるを得なくなりました。結果として、同年10月にイタリアでビデオソフトとして発売される、いわゆるビデオスルーとなりました。

公開当時、健康状態の衰えが指摘されていたフルチの演出力に対する批判や、資金不足に起因する撮影技術上の問題、そしてストーリー展開の不明瞭さなどから、必ずしもフルチの代表作とは見なされないという声もあります。一方で、趣向を凝らしたスプラッターシーンや、観る者の不安を煽る堅実な演出は高く評価されており、個性の光るキャスト陣も相まって、ホラー映画人気が下火になりつつあった当時のイタリア映画としては一定の見どころを備えた佳作との評価も定着しています。

解説

企画と脚本

『サンゲリア2』（1988年）を降板して以降、TV映画やビデオ作品の制作が続いていたフルチは、本作で再び劇場公開作品を手がけるべく強い意欲を燃やしていました。企画は、『怒霊界エニグマ』（1987年）でフルチと組んだプロデューサー、エットレ・スパニュオーロによって進められました。フルチは特に本作に熱心で、当時新進気鋭の映画評論家アントニオ・テントーリに原案を依頼しました。イタリア恐怖映画の研究で知られるテントーリは、1986年にラジオ番組でフルチにインタビューして以来、交流を深めていました。

長年の脚本家ダルダノ・サッケッティとの関係が途絶えていたフルチは、友人となったテントーリと共にゴシックホラーのアイデアを練りました。テントーリは「修道女たちの悪魔崇拝」という着想を元に数ページの原案を執筆しましたが、自らストーリーに深みが欠けると認めており、映画本編にはクレジットされていません。テントーリは本作でフルチの助監督も務め、次作『ナイトメア・コンサート』（1990年）でも脚本を担当しています。

テントーリの原案を基に、フルチとベテラン脚本家ピエロ・レニョーリが共同で脚本を執筆しました。レニョーリは、イタリア初の本格ホラーとされる『吸血鬼』（1957年）をはじめ、『ナイトメア・シティ』（1980年）、『ゾンビ3』（1981年）など多くのホラー作品を手がけています。彼はホラー作品にエロティシズムを取り入れることに長けており、本作でも修道女に性的行為を受けながらナイフで刺殺される男性のシーンなどが見られます。

撮影

撮影は1990年の1月から3月にかけて、シチリア島のシラクーザ県を中心に行われました。低予算のため、屋外でのロケは半ばゲリラ的な手法で行われたとされます。修道院の内部シーンは、パレルモにあるカタコンベで撮影されました。

キャスティングとフルチ作品からの引用

主演のリザ役には、当初フルチが『地獄の門』（1980年）、『ビヨンド』（1980年）、『墓地裏の家』（1981年）で組んだカトリオーナ・マッコールを希望し、役名もマッコールの代表作『ビヨンド』と同じリザと名付けましたが、マッコールが辞退したためモデル出身のメグ・レジスターが起用されました。

レジスターの相手役である考古学者エヴァンズ教授には、フルチと過去に何度か組んだベテラン俳優ブレット・ハルゼイが配されました。また、『サンゲリア』（1979年）や『ビヨンド』に出演したピエル・ルイジ・コンティ（アル・クライヴァー）も被害者役の一人として参加しています。さらに、『デモンズ』（1985年）に出演していたリノ・サレンメとパオラ・コッツォが起用され、邦題の根拠の一つともなりました。『ルチオ・フルチのクロック』（1989年）に出演した名女優カルラ・カッソーラも続投し、事件を追う国際警察のカーター警部役でフルチ監督自身もカメオ出演しています。当時のフルチ監督作品としては、個性的で実力のあるキャスト陣が揃ったと言えるでしょう。

フルチはキャスティングだけでなく、自身の全盛期を思わせる過去作からの引用も積極的に行いました。劇場公開への強い期待を込めてか、冒頭の尼僧の磔刑シーンは『ビヨンド』、降霊術のシーンは『地獄の門』、考古学者が転落死するシーンは『マンハッタンベイビー』（1982年）、霊媒師が猫に襲われるシーンは『ビヨンド』のタランチュラ襲撃シーンなどを想起させる描写が取り入れられています。また、『ビヨンド』や『マッキラー』（1972年）で描かれた「民衆によるリンチ」のモチーフも登場し、フルチ自身のキャリアの集大成を目指した意図がうかがえます。

特殊メイクと特殊効果

本作は、低予算ながらも残酷シーンの描写で評価されることが多いです。ピエル・ルイジ・コンティの斬首シーンにおけるダミーヘッドや、カルラ・カッソーラが猫に襲われる場面でのフランコ・ジャンニーニによる特殊メイクは高い水準にあります。リノ・サレンメが冷凍庫で殺害されるシーンの演出も緊張感を保っています。股裂きのシーンではエリオ・テッリビリがダミー人形を制作しました。

特殊効果スタッフには新人も多く起用されましたが、ベテランがサポートする体制が取られました。特殊メイクのフランコ・ジャンニーニは『ラストエンペラー』（1987年）などの経験を経て独立したばかりでした。メイクアップのジュゼッペ・フェランティはアルジェント初期作品にも参加したベテランですが、当時は低予算映画での仕事が中心でした。特殊効果のエリオ・テッリビリは『片腕サイボーグ』（1986年）で頭角を現し、後に『ゴモラ』（2008年）なども手がけるSFX技師です。もう一人の特撮技師マリオ・チッカレッラは美術や小道具の経験が長い中堅スタッフでした。

音楽

音楽はジャズ作曲家でパーカッション奏者のジョヴァンニ・クリスティアーニが担当しました。フルチ全盛期を支えたファビオ・フリッツィを思わせるテーマ曲は印象に残るものがあります。

クリスティアーニは1985年に自身のライブラリー盤レコード「Alpha Percussion」を発表しており、本作のサウンドトラックにもその一部が流用されています。他にもエレクトリック・ジャズのライブラリー盤などを手がけ、1985年の「Memories」は優れたジャズ・フュージョンアルバムとして知られます。ファビオ・フリッツィが楽曲を提供したマッシモ・ロペスのアルバム「Ascolto」（1995年）にもパーカッションで参加しています。

彼が映画のために書き下ろした楽曲は少ないですが、既存のジャズ曲が映画に使用されることがありました。2003年の『ロスト・イン・トランスレーション』ではジャズナンバー「Blue Atmosphere」が、2006年の『毛皮のエロス/ダイアン・アーバス 幻想のポートレイト』ではビッグバンドナンバー「Dressed in Jazz」がサウンドトラックに使用されています。

その他のスタッフと製作の混乱

美術と衣裳は『地獄のシャイニング』（1971年）などで知られるベテランのマッシモ・ボロンガロが担当。助監督のアントニオ・テントーリの提案により、美術スタッフはロケ地のパレルモのカタコンベの壁にクトゥルフ神話関連の碑文を書き込むといった遊び心も取り入れました。

シチリアでの撮影中、プロデューサーのエットレ・スパニュオーロは資金難に陥り、スタッフやキャストへの報酬を支払わないまま逃走するという事態が発生しました。主演のブレット・ハルゼイは、製作資金を補うために現地のマフィアから資金提供を受けたものの、フルチとマフィアの間で意見の対立が生じ、急遽撮影を中止してシチリアから撤退したと証言しています。この混乱が、当初予定されていた劇場公開を断念し、ビデオスルーとなった最大の原因とされます。スパニュオーロはこの一件を最後に映画界から去りました。

編集は戦前から活躍する大ベテランのオテッロ・コランジェリが担当しましたが、当時78歳と高齢であり、わずか一日で編集作業を終えたとされます。そのため、場面の繋ぎの粗さやテンポの緩さが指摘される要因の一つとなりました。

撮影上の問題

フィルムの編集段階で、フルチは撮影監督ルイジ・チッカレーゼによるいくつかのミスに気づきました。幻想的な雰囲気を出すため、屋外シーンではカメラのレンズに網目をかけることで意図的にぼかした映像を狙いましたが、チッカレーゼが焦点距離を誤ったため、網目がはっきりと画面に映り込んでしまうシーンが見られました。また、光量調整の失敗により、映像が白飛びして露出オーバーとなっている場面も複数存在します。フルチ自身、「良いストーリーだったが撮影で台無しにされ、製作上の問題が多すぎた」と述べています。

撮影監督のルイジ・チッカレーゼは、ジョー・ダマト作品のオペレーターを経て撮影監督に昇格した人物で、フルチとは『怒霊界エニグマ』（1987年）でも組んでいます。撮影オペレーターのサンドロ・グロッシも実績のある中堅スタッフで、本作の後には撮影監督として『ナイトメア・コンサート』（1990年）などを手がけています。充分な経験を持つスタッフにもかかわらずこのようなミスが生じた背景には、撮影中の資金難やプロデューサーの逃走といった極めて困難な状況があったことが推測されます。

日本でのリリース

日本では1991年2月、にっかつビデオフィルムズからVHSソフトとして初めてリリースされました。このビデオ発売時には、朝日ソノラマのホラー専門誌『ハロウィン』で紹介されています。その後、2004年にDVDが発売され、2021年にはDVDの再発に加え、初のBlu-rayディスクもリリースされました。

キャスト

ブレット・ハルゼイ：ポール・エヴァンズ教授（考古学者）
メグ・レジスター：リザ（エヴァンズの助手）
リノ・サレンメ：トゥーリ・デ・シモーネ（肉屋）
カルラ・カッソーラ：リッラ（霊媒師）
ピエル・ルイジ・コンティ：ポーター（船乗り）
クリスティーナ・エンゲルハルト：スージー（考古学チームの研究者）
パスカル・ドリュアン：ケヴィン（考古学チームの研究者）
グレイディ・トーマス・クラークソン：ショーン（考古学チームの研究者）
エットレ・コミ：ジョン（考古学チームの研究者）
マイケル・アローニン：アンディ警部補
ルチオ・フルチ：カーター警部
パオラ・コッツォ：修道女
フランチェスコ・クジマーノ：ロビー（ジョンとスージーの息子）

スタッフ

監督：ルチオ・フルチ
製作：エットレ・スパニュオーロ
原案：アントニオ・テントーリ（クレジットなし）
脚本：ルチオ・フルチ、ピエロ・レニョーリ
音楽：ジョヴァンニ・クリスティアーニ
撮影監督：ルイジ・チッカレーゼ
撮影オペレーター：サンドロ・グロッシ
特殊メイク：フランコ・ジャンニーニ
メイクアップ：ジュゼッペ・フェランティ
特殊効果：エリオ・テッリビリ、マリオ・チッカレッラ
編集：オテッロ・コランジェリ
美術・衣裳：マッシモ・ボロンガロ

外部リンク

Demonia - IMDb（英語）

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