ルパン三世風魔一族の陰謀

『ルパン三世風魔一族の陰謀』は、1987年に発表された日本のアニメーション作品です。モンキー・パンチ原作によるアニメシリーズ『ルパン三世』における、初のオリジナルビデオアニメ（OVA）として制作されました。本作は、日本の飛騨地方を舞台に、主人公ルパン三世とその仲間たちが、古くから伝わる墨縄家の家宝を巡り、謎の忍者集団・風魔一族と繰り広げる壮絶な攻防を描いています。アニメーターである大塚康生氏が監修を務め、キャラクターデザインや美術などにおいて、過去のシリーズ作品、特に『TV第1シリーズ』や『ルパン三世カリオストロの城』の雰囲気を強く反映させているのが特徴です。1988年 4月5日にビデオソフトとして販売されるに先立ち、1987年 12月26日からは一部の劇場で先行上映も行われており、その位置づけについて議論されることもありますが、公式にはOVA作品として扱われています。当初の仮題は『ルパン三世五右衛門紫変化』でした。

あらすじ

物語は、岐阜県の山奥、飛騨の神社で執り行われる、石川五ェ門と地元の名家・墨縄家の令嬢、紫との結婚式から始まります。この式には、以前の騒動で死亡したと見せかけていたルパン三世をはじめ、峰不二子や次元大介も姿を見せていました。墨縄家は代々、優れたからくり技術を受け継いできた家系であり、当主である紫の祖父・墨縄老人は、五ェ門を迎え入れる儀式のために一子相伝の「秘伝の壺」を披露します。しかし、その時、覆面姿の不審な集団が現れ、壺を奪おうと襲撃。ルパンたちの妨害により壺の強奪は失敗しますが、彼らは代わりに紫を誘拐して逃走します。

その夜、紫の身を案じた五ェ門は、墨縄老人に対し壺を犯人に渡すべきだと進言。そこで墨縄老人は、壺こそが一族が代々守ってきた莫大な隠し財宝の在り処を示すものであり、壺を狙うのは400年も前から財宝を追う風魔一族であることを明かします。そして、たとえ孫娘の命がかかっていても、風魔との交換には応じられないと固く拒絶し、壺を厳重な金庫にしまいます。この様子をルパンは密かに盗撮しており、深夜、ルパンによって壺は盗み出され、壺に隠された財宝の隠し場所が明らかになります。一方、ルパンが死んだと信じて飛騨の山寺で出家していた銭形警部は、地元警察の風見刑事からルパン生存の情報を得て、再び捜査官として動き出します。

ルパン、次元、五ェ門は、盗み出した壺を手に紫との交換場所へ向かい、壺と引き換えに紫を無事に取り戻します。五ェ門は墨縄家の婿として壺を取り戻す決意を固め、ルパンに警告しつつ、紫と共に風魔一族が向かうであろう財宝の隠し場所へ急ぎます。一方、不二子は風魔一族の情報を探ろうとして逆に捕らえられてしまいます。風魔の一員であった風見刑事は、不二子に仕掛けられた発信機を利用し、銭形をルパンの元へ誘導するという策略を巡らせ、彼らの動きを牽制します。

風魔一族は壺が示す錫杖岳の洞窟にたどり着きますが、墨縄老人がすでに先回りして待ち構えていました。風魔は墨縄老人を容易く退け、用済みとして崖から突き落とします。そこに五ェ門と紫が到着したことに気づいた風魔は姿を隠し、彼らにからくり仕掛けの危険な道を突破させようと企みます。やがて、銭形を振り切ったルパン一味も洞窟に到達し、五ェ門たちの後を追います。銭形警部も機動隊を率いて駆けつけますが、川岸で倒れている墨縄老人を発見。老人は、洞窟が1時間後に崩落する罠があること、回避には壺の特殊な鍵が必要だが鍵穴はすでに破壊したことを伝えます。紫が洞窟内にいると知った墨縄老人は、銭形に背負われ洞窟へと入っていきます。

洞窟内で合流したルパンたちは、死の罠が張り巡らされた道を突破し、数百万両の価値があるとされる黄金に輝く「黄金の城」にたどり着きます。そこに風魔一族も現れ、黄金を巡る激しい戦いが勃発。五ェ門は紫を守りながら、強敵である風魔のボスと一対一の死闘の末に勝利を収めます。しかし、すでに洞窟の崩落は始まっており、ルパンたちは追いついた銭形たちと共に間一髪で脱出。最終的に手に入ったのは、不二子が持ち出していた黄金の瓦一枚だけでした。

一方、五ェ門は洞窟の罠の中で紫を傷つけてしまったことを深く悔やみ、さらなる修行の旅に出ることを決意。紫に別れを告げ、その場を去ります。

制作背景

本作は、当時OVA事業に乗り出していた東宝ビデオ事業室が、アニメ制作を東京ムービー新社に依頼する形で企画されました。そのため、従来のシリーズ作品とは異なり、東宝と東京ムービー新社が製作を担っています。制作コンセプトの一つとして「初心に戻ってルパンを若返らせる」ことが掲げられ、『TV第1シリーズ』の作風を目指すことが決定。同シリーズや『カリオストロの城』で作画監督を務めた大塚康生氏に監修としてオファーされました。大塚氏はこれを受諾しつつも、作画監督などの実務は辞退し、全体を指導する監修という立場で参加することを選びました。キャラクターデザインや小道具なども、大塚氏が関わった過去二作に準じており、ルパンのジャケットの色も『カリオストロの城』以来の緑色となりました（ただし、赤色のジャケットも登場し、紫が着用する場面があります）。

脚本は東映出身の内藤誠氏が担当。原作の長年のファンであった内藤氏は、舞台を日本とし、からくり技術を駆使したアクションを物語の骨子に据えることに意欲を見せました。舞台が日本に決定したのは企画初期からで、大塚氏や作画監督の友永和秀氏は、海外ではなく日本の田舎にこそエキゾチックな雰囲気が出せると考えていたといいます。当初は不二子が結婚するという内容だった脚本は、日本人のゲストヒロイン紫の登場に伴い、五ェ門の結婚という設定に変更されました。

アニメーション制作は、東京ムービー新社の子会社であるテレコム・アニメーションフィルムが担当。本作では、作品全体を統括する「監督」が存在せず、監修の大塚氏を中心に、原画マンたちが各場面のアイデアを出し合いながら作画を進める、かつての東映動画に見られたスタイルが取られました。これは、当初抜擢された若手演出家が、テレコムの求める劇場レベルの作画スタイルに適応できず現場を離れたため、やむを得ず大塚氏や友永氏、田中敦子氏らベテランアニメーターが絵コンテや演出の役割を分担することになったためとされています。大塚氏は全カットの原画に目を通し、アニメーションの動きを指導するという重要な役割を担いました。劇伴は従来のシリーズ楽曲を一切使用せず、宮浦清氏による新曲が制作され、音響スタッフも一新されています。

物語冒頭で銭形警部が僧侶として登場する設定は、過去の劇場版で未使用となったアイデアの流用です。作品のクライマックスである隠し財宝の洞窟は、ファミコンのロールプレイングゲームを意識した構成であると、演出の大関雅幸氏がコメントしています。

声優キャストの刷新

本作の最も大きな特徴であり、発表当時、そして現在に至るまで語り草となっているのが、ルパン三世、次元大介、石川五ェ門、峰不二子、銭形警部というメインキャラクター5名の声優が、シリーズで初めて全員一新された点です。長寿シリーズであるルパン三世においては、キャストの交代は徐々に行われてきましたが、当時レギュラーとして活躍していた主要キャスト全てが同時に交代したのは、本作が唯一の事例となります。

この大胆な変更は、制作会社の東京ムービー新社で新たに企画を担当することになった人物の主導によるものとされています。声優変更の理由については諸説あり、原作者のモンキー・パンチ氏が語ったところによれば、東京ムービー新社の経営不振からギャラの高い山田康雄氏ら主要キャストを交代させたいという説明を受けたとのことです。一方で、これまでのルパン像とは異なる作品を目指す上で、山田氏の確立された演技スタイルが制作側の意図と合わないという意見があったという情報もあります。アニメライターの小黒祐一郎氏は、これらの理由が複合的に絡み合っていた可能性を指摘しています。さらに、山田氏の仕事に対する高いプロ意識に起因するキャストの姿勢が、一部のスタッフの反感を買っていたという証言も存在します。

脚本の内藤誠氏や監修の大塚康生氏は、キャスティングに関する決定は別の部署で行われたため、事後報告であったと述べています。モンキー・パンチ氏は、プロデューサーから会社の経営危機を訴えられ、「従来のキャストに事前に事情を説明する」ことを条件に声優交代を了承したとされています。配給・製作に関わった東宝も、東京ムービー側に「旧声優さんには仁義を切っておいて下さい」と申し入れたとのことです。しかし、結果として、山田康雄氏をはじめとする主要キャストには、事前に何ら説明が行われないまま変更が実行されてしまいました。

この事実を知った声優陣、特にルパン役の山田康雄氏は激怒したと伝えられています。公開から約1年後、本作でルパンを演じた古川登志夫氏から直接事実を聞かされた山田氏は、泥酔して深夜にモンキー・パンチ氏に電話をかけ、長時間にわたり不満をぶつけたと語られています。山田氏は自身の仕事に対する強い誇りを持っており、ルパン役への思い入れも深かったため、事前の連絡がなかったことに対する不満は根深かったようです。この一件は、山田氏と東京ムービー新社との関係に溝を生むことにもなりました。銭形警部役の納谷悟朗氏も、別の番組で共演した加藤精三氏（本作の銭形役）からこの件を打ち明けられ、複雑な心境であったと述懐しています。石川五ェ門役の井上真樹夫氏は、後にこの声優交代を「制作者の反乱」と評し、原作者の指示を裏切って声優に極秘で進められた点を「セコさが悲しい」と厳しく批判しています。

本作でルパンを演じた古川登志夫氏は、当初オファーを断ったものの、マネージャーの言葉に押されて引き受けた経緯を明かしており、山田氏の演技を意識せず、自分自身のルパン像で演じることを心がけたと語っています。他の新キャストもまた、従来の声優陣への申し訳なさや、彼らを意識せず演技に臨んだ旨のコメントを寄せています。

公開後、声優一新に対するファンからの反発は非常に大きく、制作会社には多数の抗議が寄せられ、署名活動を行うファンも現れました。モンキー・パンチ氏は、山田氏からの激しい電話を受けた後、東京ムービー新社に連絡を取りましたが、担当プロデューサーは既に退社しており、関係者からも責任を回避するような対応をされ、アニメ業界への不信感を募らせたといいます。山田氏との関係は、彼の逝去まで完全に修復されたか定かではないままであったと、モンキー氏は後に涙ながらに語っています。古川登志夫氏のもとにも多数の中傷的な手紙が届き、自身にとって「黒歴史」と感じるほどの辛い経験だったと回想していますが、近年では作品自体を再評価する声も聞かれるようになり、作品への関わりに肯定的な思いを抱けるようになったとも語っています。

この件を受け、東京ムービー新社に批判が集中した結果、本作から2年後に制作されたテレビスペシャル第1作『ルパン三世バイバイ・リバティー・危機一発!』では、従来のメインキャストが再び起用されることとなりました。社内においても、本作は「キャストに無礼を働いた作品」として評価されることになったといいます。

作品への評価

ファンの間では、声優交代という特殊な事情から、長らくシリーズの「番外編」的な扱いを受ける傾向にありました。しかし、近年では、公開当時のファン以外からも、作品自体の完成度を評価する声が増えつつあります。

原作者のモンキー・パンチ氏は、後に声優交代の件を除けば「ルパンの中では最高傑作の一つ」と高く評価しています。監修の大塚康生氏も、作画水準は一定以上に達しているとしつつも、監督不在という制作体制の弱点から全体的な構成に散漫さが見られる点を惜しみ、優秀な演出家の不在が作品の完成度を左右することを本作が示していると述べています。一方で、若手アニメーターが多く参加したことで映像には活気があり、個々の場面の出来は良く、全体的な水準は高いとして、「カリオストロ」に次ぐ出色の出来栄えと評しています。宮崎駿監督も本作を鑑賞後、「テレコムに戻って一本作りたい」と発言したと伝えられており、大塚氏は宮崎氏が本作を見て「自分ならもっと面白くできる」と考えたのではないかと推測しています。2010年代にテレコム・アニメーションフィルムの代表を務めた浄園祐氏は、個人的に本作が一番好きなルパン作品であると語っています。

アニメライターの小黒祐一郎氏は、公開当時はドラマ性の薄さに物足りなさを感じたとし、監督不在がキャラクター描写の弱さにつながった可能性を指摘しています。しかし、作画面については高く評価しており、アニメーターがアイデアを出し合い、キャラクターを生き生きと動かした80年代OVAらしさを体現した作品であると述べています。また、後年のテレビスペシャルと比べても、本作は見せ場を丁寧に作っており、気楽なアクション活劇としては十分な出来であるとし、ファンサービスや遊び心が多い点から「ルパン三世ファンが作ったルパン三世」という側面を感じられる作品であると評しています。

その他

本作は、地上波でのテレビ放送は行われていません（読売テレビでかつて放送が企画されたものの実現しませんでした）。ただし、BSやCSなどでは複数回放送されており、2021年以降にリマスター版が放送された際には、メインキャストの声優が世代交代を経た後の放送となりました。大塚康生氏が担当した絵コンテは、関連書籍に収録されています。

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