ル・ドーム

ル・ドーム：モンパルナスの歴史を刻む老舗カフェ

1898年、パリ14区モンパルナスに創業したル・ドームは、カフェ、ブラッスリー、レストランとして長く愛されてきた老舗です。オーヴェルニュ出身のポール・シャンボンが、モンパルナスの発展を見込み開店したこのカフェは、以来、数多くの芸術家や文豪が集う場として、モンパルナスの歴史そのものを体現しています。

モンパルナスという舞台

シャンボンは、それまでモンマルトルでカフェを営んでいましたが、開発が進むモンパルナスに大きな可能性を見出しました。当初は小さなカフェバーでしたが、20世紀に入ると、特にドイツ人画家を中心に人気を集めるようになります。ミュンヘンでのゴッホ展をきっかけにパリが芸術家の憧れの地となり、反軍国主義や反教権主義的な風刺雑誌『ジンプリチシムス』の画家たちが集まるようになったのです。

芸術家たちの集う場

1905年には風刺画家ジュール・パスキンがパリに移り住み、ル・ドームに通い始めます。やがて、モディリアーニ、キスリング、スーティン、マリー・ローランサン、藤田嗣治など、エコール・ド・パリの画家たち、そしてヘミングウェイ、フォークナー、パウンドといった「失われた世代」のアメリカ人作家たちが、ル・ドームに集うようになります。シュルレアリストや、ロバート・キャパ、ゲルダ・タローといった写真家たちも常連客となり、「ドミエ」と呼ばれるル・ドームの常連たちは、芸術と文学の最先端を形成しました。

サルトルやボーヴォワールもル・ドームの常連客でした。特にボーヴォワールは、幼少期をル・ドームの近くで過ごし、1930年代には朝食をここでとる習慣があったといいます。現在でも、出版関係者や作家が多く訪れ、時にはピアース・ブロスナンやボノといった著名人も訪れることがあります。

変遷と現在

1970年代にはブラ夫妻がル・ドームを引き継ぎ、現在は二人の息子が経営しています。1989年からはフランク・グローシェフが就任し、魚介料理専門のレストランとして高い評価を得るようになりました。グローシェフ退任後、2018年には日本人シェフ三浦賢彦が就任。ホテル西洋銀座での経験や、フランスでの星付きレストランでの経験を活かし、伝統を守りながら、現代的な魚介料理を提供しています。

2016年には、パリ同時多発テロ事件の影響による観光客減少などにより、一時経営難に陥りましたが、事業継続計画を提出して乗り越えました。

ル・ドームの魅力

ル・ドームの魅力は、歴史と芸術的な雰囲気だけではありません。内装は、ロシア生まれのインテリアデザイナー、スラヴィックによるアール・ヌーヴォーおよびアール・デコ様式で、作家アンドレ・サルモンは「スタンダール風スカラ座のエプロンステージのようだ」と評しました。また、2018年には、音楽、文学、視覚芸術の分野に貢献した男女に贈られる「ダブル・ドーム賞」も創設され、現在もモンパルナスの文化の中心を担っています。

ル・ドームは、単なるカフェやレストランを超え、モンパルナスの歴史と文化を体現する、かけがえのない存在なのです。その歴史と雰囲気、そして洗練された料理を味わうために、一度訪れてみてはいかがでしょうか。

もう一度検索