ルーマニア戦線

ルーマニア戦線とは

第一次世界大戦におけるルーマニア戦線は、1916年から1918年にかけて、ルーマニア王国が連合国側として参戦し、中央同盟国（主にドイツ帝国、オーストリア＝ハンガリー帝国、ブルガリア王国）と戦った戦いです。この戦線は、ルーマニアの参戦がもたらした戦局の変化と、その後の政治的変遷を語る上で重要な意味を持ちます。

参戦の経緯

ルーマニア王国は、当初、三国同盟に加わっていましたが、第一次世界大戦の勃発とともに中立を宣言しました。しかし、ルーマニア政府は、オーストリアの侵略行為は同盟条約の範疇に含まれないと主張。一方で、親ドイツ的なカロル1世が急死し、フェルディナンド1世が即位すると、王妃マリヤの影響もあってルーマニアは連合国側へと傾斜していきます。また、当時の首相イオン・ブラティアヌは親仏派であり、連合国への参戦を積極的に推し進めました。

連合国は、ルーマニアの参戦を重要視し、領土的な約束と引き換えに参戦を促します。ルーマニアは、トランシルヴァニアの領有権を条件に連合国側へ参戦することを決意しました。しかし、参戦直前の1916年7月には、フランスとイギリスの間で、ルーマニアはブルガリアを同時に攻撃しない限り、テッサロニキの軍隊の援助を受けられないという密約が結ばれていました。また、ロシアはルーマニアのベッサラビアへの領土欲に強い不快感を抱き、その参戦には反対したという説もあります。イギリスの軍史家ジョン・キーガンは「第一次世界大戦」の中で、連合国は終戦後に秘密協定を反故にしてルーマニアの領土的野心を無視する事を決めていたと指摘しています。

1916年8月17日、ルーマニアは連合国に参加を表明し、8月31日にオーストリア＝ハンガリー帝国へ宣戦布告しました。しかし、その1週間以内に他の同盟国全てからも宣戦布告を受けることになります。ルーマニア軍は60万名を超える兵力を有していましたが、その装備や訓練は不十分であり、兵士の識字率も低く、近代的な軍隊とは言えませんでした。また、周囲を複数の国に囲まれており、ロシア帝国以外の援軍は期待できない状況でした。

イギリスのホレイショ・キッチナー陸軍大臣はルーマニア参戦を強く推進した人物の一人でしたが、ルーマニア軍を視察したクリストファー・トンプソン中佐は、ルーマニア軍には仮想敵国に勝てる見込みはなく、連合軍の足手まといになると判断しました。しかし、連合国陣営はこの報告を認めず、1916年8月13日に連合国とルーマニアの間で正式な軍事協定が締結されました。

ルーマニアの参戦と初期の戦闘

1916年8月27日、ルーマニア軍は「仮説ゼータ」作戦を発動し、トランシルヴァニアへ侵攻を開始しました。ルーマニア軍はカルパティア山脈を越え、シビウ市などを占領しましたが、オーストリア軍の増援によって攻撃は頓挫します。一方、南部ではアウグスト・フォン・マッケンゼン将軍率いる多国籍軍が、ブルガリアからルーマニア南部のコンスタンツァを目指して北進を開始しました。

ルーマニア軍は、トゥトラカンで同盟国軍に大敗を喫し、多数の兵士が降伏しました。連合国軍はルーマニア軍が独力で戦いを進めることを望んでおり、ロシア軍の援軍も十分な補給を得られませんでした。9月15日、ルーマニアはトランシルヴァニア侵攻を中止し、南部戦線へ主戦力を投入することを決定します。

ルーマニア軍はドナウ川沿いにフラマンダ攻勢と呼ばれる反撃を開始しますが、渡河に苦戦し、さらにドブリチでの敗北とトランシルヴァニアでのオーストリア軍の反撃により、防戦一方となります。ロシア軍の増援によって一旦は同盟軍の攻勢を防ぐことに成功しましたが、形勢はルーマニア側にとって不利なままでした。

同盟軍の反攻

1916年9月18日、トランシルヴァニアの同盟軍はエーリッヒ・フォン・ファルケンハイン将軍の指揮下に入り、ルーマニア軍への反撃を開始しました。ドイツ軍の2個山岳師団はシビウ近郊でルーマニア軍を撃破し、ルーマニア軍は山岳地帯へと敗走しました。10月25日にはルーマニア第4軍が戦うことなく後退し、開戦前のラインに戻りました。

ファルケンハイン将軍は、ルーマニア軍の防衛線を丹念に調べた上で攻撃を開始し、ルーマニア軍は後方の平原地帯へと押し込まれていきます。一方、南部ではマッケンゼン将軍がコンスタンツァを占領し、ルーマニア軍とロシア軍の共同戦線を破りました。ルーマニア軍はドブルジャからの撤退を余儀なくされ、ロシア軍もドナウ・デルタへと後退しました。

マッケンゼン軍はドナウ川を渡河してブカレストへ進軍を開始しました。11月23日、マッケンゼン軍の一部がドナウ川渡河に成功すると、ルーマニア軍は恐慌状態に陥り、マッケンゼン軍はブカレストを包囲します。ルーマニア政府はヤシ市へ遷都し、12月6日には同盟軍がブカレストに入城しました。ブカレストの戦いで、15万名以上のルーマニア兵が捕虜となりました。ルーマニアは国土の半分以上を同盟軍に占領され、大きな打撃を受けました。

戦争終結

ルーマニア軍はモルダヴィアへと退却し、ロシア軍の防衛線に守られて抗戦を続けました。1917年後半、ロシア軍がケレンスキー攻勢で同盟軍に打撃を与えると、ルーマニア軍も攻撃を開始し、マラシュティとマラシェシュティの戦いで戦術的な勝利を収めました。しかし、1918年5月7日、ロシアが革命で戦争から離脱すると、ルーマニアは同盟軍に降伏し、ブカレスト講和条約が締結されました。

この条約によってルーマニアは領土の一部を割譲し、同盟軍の占領下に置かれました。しかし、1918年11月10日、同盟国の形勢不利が明らかになる中、ルーマニアは同盟国に反旗を翻し、連合国の支援によって独立を回復しました。11月28日には、トランシルヴァニアで住民投票を行い、ルーマニアは同地を自国に併合しました。

ヴェルサイユ講和条約でルーマニアはトランシルヴァニア併合を認めさせましたが、ハンガリーはトランシルヴァニアの奪還を主張し、周辺国による連合部隊によってハンガリー評議会共和国は崩壊しました。

評価

ルーマニアの参戦は、軍事的に見ると最悪のタイミングでした。1914年であればセルビア侵攻への備えとなり得た可能性も、1916年前半であれば戦力不足で終わったブルシーロフ攻勢に加わる事が出来た可能性もありました。ルーマニア軍は、トランシルヴァニアへの野心に固執するあまり、南部のブルガリア軍を軽視し、自軍の攻撃が山岳地帯で阻まれた際に反撃に備えることもありませんでした。ルーマニア軍は戦力を集中させることもなく、散発的な攻撃を繰り返しました。

連合国によるサロニカ攻勢の失敗は、ブルガリア軍の自由な動きを許し、ルーマニアのトランシルヴァニア攻撃に大きな重圧となりました。また、ルーマニア軍はロシア軍に20万人の増援を要求しましたが、ロシア軍は最低限の戦力しか送りませんでした。ルーマニアの参戦は、結果として連合国にとって良い影響を与えたとは言えない結果となりました。

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