レオ10世 (ローマ教皇)

レオ10世

レオ10世（Leo X, 1475年12月11日 - 1521年12月1日）は、ルネサンス期イタリアにおいて、フィレンツェ共和国のシニョーレ（在位：1512年 - 1513年）を経て、ローマ教皇（在位：1513年 - 1521年）を務めた人物です。本名はジョヴァンニ・デ・メディチといい、フィレンツェの黄金時代を築いた偉大な政治家ロレンツォ・デ・メディチの次男として生まれました。

幼少期より聖職者としての道を歩み、父ロレンツォと当時の教皇インノケンティウス8世の強い後ろ盾を得て、1492年にはわずか16歳で枢機卿の位に就きます。しかし同年、父ロレンツォが死去するとメディチ家の権勢は急速に衰え、1494年には兄ピエロ、弟ジュリアーノと共にフィレンツェを追われる憂き目を見ます。追放期間中はイタリア各地を転々とした後、ローマに身を落ち着けました。1503年に兄ピエロが亡くなった後、当時の教皇ユリウス2世の支持を得て、1512年にはスペイン軍と共にフィレンツェへ進攻。メディチ家による支配を回復させました。教皇に選出された後は、フィレンツェ統治を親族に委ね、間接的な影響力を行使しました。

1513年、好戦的だった前任者ユリウス2世が死去すると、ジョヴァンニは37歳という比較的若い年齢で教皇に選出され、レオ10世として即位します。当時の記録では「最年少にして、最も醜男の教皇」と評されたとも伝わります。ユリウス2世とは対照的に平和主義的な姿勢を示し、イタリアを巡るフランスと神聖ローマ帝国の複雑な対立の中で、父から受け継いだ優れた政治感覚を発揮して巧みに立ち回りました。1515年にはフランス国王フランソワ1世がミラノに侵攻する状況下で、フランスとの和解を図りボローニャ協定を締結しました。1519年に神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世が死去した後に行われた皇帝選挙では、マクシミリアン1世の孫にあたるカール5世の即位を阻止しようとフランソワ1世を支援しましたが成功しませんでした。結果としてカール5世が皇帝に選ばれますが、マルティン・ルターによる宗教改革という新たな問題に対処するため、レオ10世は密かにカール5世との同盟を締結しました。

内政面では、前教皇ユリウス2世によって始められた第5ラテラン公会議を継続させましたが、教会内の抜本的な改革に着手することなく閉会してしまいました。一方で、メディチ家の影響力拡大を目指す動きも活発に行いました。1513年からフィレンツェを任せていた弟ジュリアーノが1516年に死去すると、その後を継いだ甥ロレンツォ（兄ピエロの子）をウルビーノ公に任命し、本来のウルビーノ公フランチェスコ・マリーア1世を追放しました。しかし、その甥ロレンツォも1519年に一人娘カテリーナを残して急死したため、追放したフランチェスコ・マリーア1世が復帰し、メディチ家による領土拡大の野心は挫折しました。

レオ10世が歴史に名を残す業績は、政治面よりもむしろ文化面で顕著でした。前教皇が着手したサン・ピエトロ大聖堂の再建事業を受け継ぎ、ミケランジェロやラファエロといった当時の最高の芸術家たちを熱心に後援（パトロン）しました。これにより、ローマを中心とするルネサンス文化は最盛期を迎えることとなります。教皇戴冠式の際に建てられた仮設凱旋門には、「かつてウェヌス（享楽的なアレクサンデル6世）が支配し、その後マルス（好戦的なユリウス2世）が治め、今やミネルヴァ（知性的なレオ10世）の時代が来らん」と記された銘文が見られたといい、彼の理想とするところを示唆しています。彼は聖堂や広場、洗礼堂の修復も積極的に行い、特にラファエロを厚遇しました。ラファエロには自身の肖像画や、システィーナ礼拝堂のための壁掛け、バチカン宮殿回廊の天井画・壁画などを制作させています。ラファエロが若くして亡くなった際には、その死を深く悼んだと伝えられています。幼い頃から親しかったミケランジェロとは距離を置き、彼の扱いにくい気質を考慮してローマから遠ざけ、フィレンツェのサン・ロレンツォ教会（メディチ家礼拝堂など）の仕事を与えました。

しかし、彼の治世は光ばかりではありませんでした。1517年にサン・ピエトロ大聖堂の建設資金を賄うため、ドイツにおける贖宥状（いわゆる免罪符）の販売を大々的に許可したことが、直接的にマルティン・ルターによる宗教改革の引き金となったのです。また、レオ10世自身は際限なく贅沢を好み、行列や宴会など、莫大な費用を費やす浪費家でした。享楽に溺れる聖都ローマは、ルターから「新しきバビロン」と厳しく酷評されるほどでした。結果として教皇庁は前例のない深刻な財政難に陥り、「3代分の教皇収入を一人で使い果たした。先代ユリウス2世の蓄え、レオ10世自身の収入、そして次の教皇の分までも」と揶揄されるほどでした。

晩年の1521年10月には、ルターを批判したイングランド国王ヘンリー8世に「信仰の擁護者」という称号を与えました。しかし後にヘンリー8世が教皇クレメンス7世（レオ10世の従弟）との離婚問題から対立し、イングランド国教会を創設して結果的にプロテスタントの一派を形成することになったのは皮肉です（ただし、イングランド国教会の教義はカトリックとの共通点も多く、称号自体は後代のイングランド王に引き継がれていきました）。同年12月、レオ10世は45歳で急死しました。死因については風邪をこじらせた、マラリアのためなど諸説ありますが、毒殺説も囁かれ、暴飲暴食が原因とも伝えられています。実際には病弱だったとも言われます。彼の死後、後任にはハドリアヌス6世が選ばれましたがわずか1年で世を去り、1523年に彼の従弟にあたるクレメンス7世が教皇の座に就きました。

レオ10世は、芸術と文化の偉大な保護者としてルネサンスを繁栄させた一方で、放漫な財政運営と政治的な判断が宗教改革という教会の分裂を招いた人物として、複雑な評価を受けています。

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