ロイ・エルドリッジ

ロイ・エルドリッジ

ロイ・エルドリッジ（Roy Eldridge、1911年1月30日 - 1989年2月26日）は、20世紀ジャズ史において、スウィング時代を代表するトランペット奏者であり、後のビバップへと繋がる革新的なスタイルを確立した重要人物である。彼の力強く表現豊かな演奏は、多くのミュージシャンに影響を与え、「リトル・ジャズ」の愛称で親しまれた。

生い立ちと初期キャリア

ペンシルベニア州ピッツバーグに生まれたエルドリッジは、大工の父とピアニストの母を持つ音楽的な環境で育った。幼い頃からピアノに触れ、ブルースのフレーズを弾きこなす早熟ぶりを見せる。ヴァイオリンやクラリネット、アルトサックスを演奏する3歳上の兄ジョーの存在が、彼の音楽への道を強く意識させた。ドラムスも学び、教会のバンドで腕を磨くが、兄の勧めと、母の死後にトランペットに没頭したことが、彼の運命を決定づける。

10代半ばで高校を退学し家を出たエルドリッジは、旅芸人の一座に参加するなど、アメリカ中西部を巡業しながら演奏経験を積んだ。しかし、公演中に人種差別という厳しい現実にも直面する。この頃、偶然彼の演奏を聴いたカウント・ベイシーは、後に「人生で聴いた中で最も偉大なトランペット演奏」と絶賛したという。

ニューヨークでの活躍

20代に入り、自身のバンドを率いたり、ホレス・ヘンダーソン楽団など様々なグループに参加しながら、デトロイトを経て音楽の中心地ニューヨークへ移り住む。セシル・スコット、エルマー・スノーデン、チャーリー・ジョンソン、テディ・ヒルといったバンドで活動する中で、デューク・エリントン楽団のオットー・ハーディックから、その圧倒的な演奏と小柄な体格から「リトル・ジャズ」という愛称を贈られた。この時期、自身の名義で初めてレコーディングとラジオ放送を行い、特に1935年のテディ・ヒルとの録音におけるソロ演奏は、彼の人気を決定的なものとした。有名なナイトクラブ「Famous Door」で自身のバンドを率いる傍ら、ビリー・ホリデイの初期録音にも参加。フレッチャー・ヘンダーソン楽団でも、トランペット演奏に加えヴォーカルも披露し、スウィング時代の重要曲で印象的なソロを残した。

エルドリッジのリズミカルで情熱的なスウィングスタイルは、瞬く間にこの時代のジャズの象徴となり、彼はルイ・アームストロングの後継者として広く認められるようになる。

異色の共演と葛藤

1936年にはシカゴへ拠点を移し、兄ジョーとのバンドで長尺のソロをフィーチャーした録音を残す。しかし、音楽業界に蔓延する人種差別への強い反発から、一時的に音楽活動を中断し無線工学を学ぶ期間もあった。1939年に音楽シーンに復帰し、再び自身のバンドを結成した。

1941年、白人ビッグバンドのリーダーであるジーン・クルーパの楽団に参加したことは特筆される。これは当時のメジャーな白人バンドに黒人ミュージシャンがレギュラーとして参加するという、ジャズ界における人種統合の初期の例であり、大きな注目を集めた。ここでは新人歌手アニタ・オデイとの魅力的な掛け合いで「Let Me Off Uptown」などのヒット曲を生み出す。しかし、クルーパの逮捕によるバンド解散後、アーティ・ショウ楽団に参加した際にも人種差別の問題に直面し、結局自身のビッグバンドを結成するも経済的に続かず、再び小編成での活動へと移行せざるを得なかった。

戦後から晩年、そして遺産

第二次世界大戦後は、ノーマン・グランツ主宰の「ジャズ・アット・ザ・フィルハーモニック（JATP）」の一員として世界中をツアーし、そのダイナミックな演奏で聴衆を熱狂させた。グランツはエルドリッジを「ジャズの精神そのもの」と評している。パリ滞在を経てニューヨークに戻り、「バードランド」で自身のバンドを持つ傍ら、コールマン・ホーキンス、エラ・フィッツジェラルド、アール・ハインズといった巨匠たちとの共演や、グランツのレーベルでの録音を精力的に行った。1960年代には、チャールズ・ミンガスやマックス・ローチが率いる「ジャズ・アーティスツ・ギルド」の重要なメンバーとしてアルバム『ニューポート・レベルズ』に参加するなど、時代の最先端を行くセッションにも加わった。その後もエラ・フィッツジェラルドやカウント・ベイシーとのツアー、フリーランスでの演奏、そして長期間にわたりマンハッタンのジャズクラブ「ジミー・ライアンズ」のハウスバンドで活躍するなど、精力的な活動を続けた。

1970年に脳卒中を患い右半身に麻痺が残るものの、驚異的な回復力を見せ、ヴォーカル、ドラムス、ピアノを交えながらも再び演奏活動を再開した。その不屈の精神とパフォーマンスは、見る者に強い感銘を与えた。1971年には権威ある『ダウン・ビート』誌の「ジャズの殿堂」入りを果たし、その功績が公式に認められた。しかし、1980年の心臓発作により、ついに演奏活動から完全に引退せざるを得なくなった。1989年、妻の死からわずか3週間後に78歳でその生涯を閉じた。

エルドリッジは、トランペット奏法において、レックス・スチュワートやレッド・ニコルズ、そしてベニー・カーターやコールマン・ホーキンス（特にホーキンスのソロを研究した）といったサックス奏者からも影響を受け、独自のスタイルを確立した。初期はルイ・アームストロングの影響は直接的ではなかったが、後にアームストロングの研究も行った。彼の革新性は、スウィングの推進力に加え、ビバップに通じる洗練された代理コードの使用や、即興演奏における圧倒的な名人芸に顕著に表れており、後の世代、特にディジー・ガレスピーに強い影響を与えたことは広く知られている。

彼の生涯は、ジャズという芸術形式の進化と共にあり、その不屈の魂と革新的な才能は、今日まで色褪せることなく語り継がれている。

主なリーダー作品

The Big Band of Little Jazz（トパーズ、1935-1945年録音）
After You've Gone（デッカ・GRP、1936-1946年録音）
Heckler's Hop（ヘップ、1936-1939年録音）
Nuts（ヴォーグ、1950年録音）
Roy and Diz（ヴァーヴ、1954年録音）
The Coleman Hawkins, Roy Eldridge, Pete Brown, Jo Jones All Stars at Newport（ヴァーヴ、1957年録音）
Little Jazz and the Jimmy Ryan All-Stars（パブロ、1975年録音）

その他の参加作品（一部）

カウント・ベイシー - Count Basie at Newport（ヴァーヴ、1957年）
コールマン・ホーキンス - Hawkins! Eldridge! Hodges! Alive! At the Village Gate!（ヴァーヴ、1962年）
ジョニー・ホッジス - Blues-a-Plenty（ヴァーヴ、1958年）
ベン・ウェブスター - Ben Webster and Associates（ヴァーヴ、1959年）
ジーン・クルーパとバディ・リッチ - The Drum Battle（ヴァーヴ、1960年録音）
* エラ・フィッツジェラルド - Ella at Juan-Les-Pins（ヴァーヴ、1964年）

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