ロクタントラ・アンドラン

ロクタントラ・アンドラン（नेपाली: लोकतान्त्रिक आन्दोलन）は、2006年にネパールで勃発した大規模な民主化運動です。その名称はネパール語で「民主主義運動」を意味し、当時のギャネンドラ国王による専制政治に対抗することを目的としていました。この運動は、しばしば「ジャナ・アンドランII」（第2回国民運動）とも称されます。これは、1990年にネパールで複数政党制民主主義が回復された際の「ジャナ・アンドラン」の精神を受け継ぎ、その発展形であると位置づけられているためです。

背景

2001年に即位したギャネンドラ国王は、当時の文民政権がマオイスト反乱（ネパール内戦）に対処できていないと主張し、徐々に権力集中を進めました。そして、2005年 2月1日、国王は突如として政変を断行します。電話回線が切断され、全ての閣僚が解任されたほか、多くの政治家が拘束されるという異例の事態の中、国王による直接統治（親政）が宣言されました。これに対し、多くの反体制活動家がインドなどに避難し、運動の再構築を模索します。国内では、議会の大多数を占めていた七つの主要政党が、「七党連合（SPA）」を結成し、国王の専制への対抗軸を確立しました。

この政治的緊張が高まる中、2005年12月、SPAはインドで武装勢力であるマオイストと歴史的な「十二か条の合意」を締結します。この合意により、マオイストは複数政党制に基づく民主主義と言論の自由を認めることを約束し、一方のSPAはマオイストが求めるネパール制憲議会選挙の実施要求を受け入れました。これは、それまで対立していた勢力が、民主主義回復という共通の目標に向けて歩み寄る重要な転換点となりました。

2006年に入ると、SPAが全国規模での反体制運動を計画していることが明らかになり、当局による活動家の逮捕が相次ぐなど、状況はさらに緊迫化します。2月8日に実施された統一地方選挙では、SPAとマオイストがこれをボイコット。当局は投票率が約21%だったと発表しましたが、多くの国民が参加を見送ったことは、国王への不満の現れと見なされました。

4月ゼネストと大規模デモ

運動は4月に決定的な局面を迎えます。SPAは4月5日から9日までの5日間にわたり、全国規模でのゼネラル・ストライキ（ゼネスト）を呼びかけました。これに呼応して、マオイストも首都カトマンズ盆地での一方的な停戦を発表し、運動を側面支援する姿勢を見せます。

ゼネストが開始されると、瞬く間に国内各地で大規模なデモが発生。特にカトマンズでは連日数十万人規模の市民が街頭に繰り出し、その数は市の人口の10%を超えるほどになりました。政府はデモを抑え込むため、4月8日には夜間外出禁止令を発令し、治安部隊に対し、デモ参加者を見つけ次第発砲することも許可されるという強硬な措置を取りました。しかし、これらの弾圧にもかかわらず、市民の抗議活動は収まらず、小規模な非組織的なデモが継続しました。

4月9日、SPAはデモを無期限に続行する意向を表明すると共に、国民に対し納税を拒否するよう呼びかけ、政府への圧力を強めました。政府は夜間外出禁止令の更なる強化を計画し、デモの中にマオイストが紛れ込んでいると主張することで、運動の正当性を損なおうと試みました。

事態の「国民運動」化を認識したマオイストの議長プラチャンダは、「これはもはや野党だけの抗議ではない。一つの国民運動になっている」と述べ、自身もカトマンズでの抗議デモに参加・指導すると表明。運動は反国王を掲げる幅広い勢力を巻き込むものへと発展しました。4月21日には、反政府側の推計でカトマンズにおける抗議参加者が50万人に達したとされ、保守的な推計でも30万人と、その規模の大きさが明らかになりました。

同日夜、事態打開を図るギャネンドラ国王は国営テレビを通じて国民に語りかけ、SPAに対し新しい首相を選出するよう求めました。国王は「国家の行政権を国民に返還する。SPAに責任を持って政府を運営できる首相を推薦してほしい」と述べ、できるだけ早期に選挙を実施することを示唆しました。これは、2005年 2月1日に国王がシェール・バハドゥル・デウバ首相を解任して以来空席となっていた首相ポストを再び政党に委ねるという、国王側からの一定の譲歩を示すものでした。

しかし、野党側はこの国王の声明を不十分として拒絶しました。翌4月22日午後、SPAの指導者たちはカトマンズで会合を開き、国王に対し以下の三つの要求を正式に突きつけました。

1. 停止されている国会の再開
2. 全ての政党が参加する挙国一致政府の樹立
3. 新しい憲法を制定するための制憲議会の選出

これらの要求は、単なる首相交代ではなく、憲政の回復と将来的な政治体制の変革を目指すものであることを明確に示していました。

国会の再開と権限剥奪

国民的な抗議活動と野党の強い要求に直面したギャネンドラ国王は、最終的に更なる譲歩を余儀なくされます。4月24日、国王は再び国営テレビで演説を行い、停止されていたネパール下院を同日中に再開することを宣言しました。国王はSPAに対し、国の統一と繁栄、そして永久的な平和を保証し、複数政党制による民主主義を軌道に乗せる責任を果たすよう求めました。

SPAはこの国王の宣言を受け入れ、運動は一つの大きな区切りを迎えました。SPAを代表して、ネパール会議派のギリジャー・プラサード・コイララが新しい内閣を組織することになりました。SPAは、再開された議会こそが、将来的に新憲法を起草するための主体として選出されるものである、との見解を示しました。

一方、マオイスト側は、議会を復活させるだけでは問題の根本的な解決にはならないとして、当初はこの決定を拒否する姿勢を見せました。マオイストのナンバー2であるバーブラーム・バッタライは、政府軍との戦闘を継続する用意があるとも述べ、制憲議会の設立と王制の廃止という彼らの核心的な要求に固執しました。

しかし、状況は変化します。2006年 4月27日、コイララ新首相の求めに応じる形で、マオイストは一方的に3ヶ月間の停戦を発表しました。さらに、5月1日にはバッタライが、「もし（制憲議会の）選挙が自由かつ公正に行われるならば、その結果は尊重されなければならない。そうなれば、国民の審判に従う以外にない」と発言。これは、マオイストが武装闘争路線から離れ、民主主義プロセスを受け入れる意思を示した初めての明確なサインと見なされ、国内外から大きな注目を集めました。

5月2日、コイララ首相は新内閣の名簿を発表しました。内閣にはネパール会議派のほか、ネパール統一共産党、ネパール会議派民主、統一左翼戦線といった主要政党からの閣僚が含まれていました。しかし、運動後の混乱は続きます。5月12日には、ゼネスト中の軍による人権侵害に関する疑いなど、国王の親政下で任命された閣僚4人が逮捕され、調査が行われることになりました。

5月18日法とその後の展開

ロクタントラ・アンドランを受けて成立した議会と新政府の最も劇的な行動の一つが、2006年5月18日に採択された一連の法案です。議会は全会一致で、国王の持つ多くの権限を剥奪する内容の法案を可決しました。その主な内容は以下の通りです。

約9万人の国軍を国王ではなく議会の指揮下に置くこと。
王室とその所有する財産に課税すること。
国王の諮問機関であった枢密院を廃止すること。
軍の将校や政府高官の任命において、国王の認可を不要とすること。
国家の宗教（国教であるヒンドゥー教）を廃止し、ネパールを世俗国家とすること。
国王を象徴する既存の国歌を一時的に廃止し、新しい国歌が制定されるまで使用しないこと。
国軍の最高司令官としての国王の地位を剥奪すること。

これらの措置は、1990年の民主化運動後に制定され「ネパールのマグナ・カルタ」とも呼ばれた1990年憲法における国王の権限をも実質的に無効化するものであり、ネパールにおける王権をかつてないほど大幅に制限するものでした。コイララ首相は、この決定が「全国民の感覚を代表するものだ」と強調しました。現在、5月18日は「ロクタントリック・デー（民主の日）」として記念されています。この時点で、憲法は事実上機能停止し、新たな体制構築に向けた暫定的な期間に入りました。

ロクタントラ・アンドランによって開かれた道は、ネパールの政治体制を根本から変革へと導きます。2008年5月28日には、国民によって選出された制憲議会が発足し、約240年続いた王政の廃止が宣言され、ネパールは正式に連邦民主共和制へと移行しました。その後、長い議論を経て、2015年9月に新しい憲法が公布され、七つの州からなる連邦制国家としての枠組みが確立されました。

ロクタントラ・アンドランは、国民の強い意志が専制政治を打ち破り、民主主義と共和制の実現に繋がった、ネパールの現代史における極めて重要な出来事として記憶されています。

ロクタントラ・アンドラン