ワヒーダー・ラフマーン

ワヒーダー・ラフマーン（Waheeda Rehman、1938年2月3日 - ）は、インドの映画界において、その長いキャリアと圧倒的な存在感で伝説的な地位を確立した女優です。

インド映画史において最も偉大な俳優の一人と称される彼女は、半世紀以上にわたり90本を超える作品に出演し、その卓越した演技で観客を魅了し続けてきました。国家映画賞やフィルムフェア賞といった国内主要な映画賞を数多く受賞しているほか、インド政府からも多大な貢献が認められ、1972年にはパドマ・シュリー勲章、2011年にはパドマ・ブーシャン勲章を授与されています。そして、インド映画界への最高の栄誉とされるダーダーサーヘブ・パールケー賞も2023年に受賞し、その功績は改めて高く評価されました。女優としての活動に加え、教育や貧困問題といった社会的な課題にも慈善活動を通して積極的に取り組んでいます。

生い立ち

1938年2月3日、ワヒーダー・ラフマーンは現在のタミル・ナードゥ州チェンガルパットゥに位置するタミル人デカン・ムスリムの家庭に生まれました。父モハメド・アブドゥル・ラフマーンと母ムムターズ・ベーグムの間に生まれた4人姉妹の末子です。幼い頃からマドラスで姉妹と共にインド古典舞踊であるバラタナティヤムを学び、父の勤務地であったヴィシャーカパトナムの聖ヨセフ女子修道院学校で教育を受けました。県長官を務めていた父は各地を転勤していましたが、1951年に死去しました。当初、医師を志していたワヒーダー・ラフマーンでしたが、父の死と母の病により家計が困窮したため、その夢を断念せざるを得なくなりました。家庭を支えるため、幼少期から培ったバラタナティヤムの才能を活かせる映画業界へと進むことを決意し、キャリアをスタートさせます。

キャリア

初期とグル・ダットとの出会い

映画界での最初の仕事はダンサーとしてでした。1955年公開のテルグ語映画『Rojulu Marayi』でダンサーとして出演した後、同年に『Jayasimha』で女優としてN・T・ラーマ・ラオと共演しました。1956年には、タミル語版『アリババと40人の盗賊』である『Alibabavum 40 Thirudargalum』でもダンサーとして出演しています。1950年代後半には、デーヴ・アーナンドと『Solva Saal』をはじめとする7作品で共演し、恋愛関係の役を演じることが多くなりました。『Solva Saal』での彼女の演技について、当時の批評家は、まだヒンディー語映画出演4作目でありながら、激しい感情表現から茶目っ気のある明るい場面まで、多様な演技で観客に品位を示したと評しています。

彼女の才能は、やがて「映画界の師」と敬愛するようになるグル・ダットの目に留まりました。グル・ダットは彼女をボンベイに呼び、『C.I.D.』に起用しました。当時の慣習として、人気女優のように「セクシーな響きのある芸名」を使うことを提案されましたが、彼女はこれを断り、本名で活動することを貫きました。その後、グル・ダットの代表作であり、現在も「インド映画史上最高の映画の一つ」と称される『渇き』で主要な役を演じ、作品の成功に貢献しました。グル・ダットとはその後も『12 O'Clock』『紙の花』『十四夜の月』といった批評家から高く評価された作品で共演を重ねました。彼との最後の共演作は『旦那様と奥様と召使い』で、この作品ではミーナー・クマーリーとも共演しています。この作品は国内外で高く評価され、ワヒーダー・ラフマーンはフィルムフェア賞助演女優賞にノミネートされ、映画自体もベルリン国際映画祭で金熊賞にノミネート、フィルムフェア賞作品賞を受賞しました。

地位確立と全盛期

1962年にはサタジット・レイ監督の『遠征』に出演し、ベンガル語映画にも初挑戦しました。その後も数多くの作品に出演し、『Mujhe Jeene Do』（スニール・ダット共演）、『Kaun Apna Kaun Paraya』（ニルパ・ロイ共演）、『Kohra』『Majboor』『Bees Saal Baad』（ビシュワジート・チャテルジー共演）などが主演作として知られています。特に『Bees Saal Baad』は1962年公開のヒンディー語映画で最高の興行収入を記録しました。この頃にはヒンディー語映画界で最も出演料が高い女優の一人となり、揺るぎないスターの地位を築いていきました。

1965年、彼女のキャリアを語る上で欠かせない重要な作品が公開されました。ヴィジャイ・アーナンド監督の傑作『Guide』です。この作品で彼女は、浮気性の夫に反発し、自立を目指すダンサー、ロージーという強い意志を持った女性を演じました。当時のヒンディー語映画における女性像のステレオタイプを打ち破る革新的な役柄であり、演じる上で難しさを伴ったといいます。しかし、その演技は絶賛され、自身初のフィルムフェア賞主演女優賞を受賞しました。作品も大ヒットし、国家映画賞やフィルムフェア賞作品賞を受賞、さらにはアカデミー国際長編映画賞のインド代表にも選ばれるなど、国内外で高い評価を得ました。現在ではカルト的な人気を誇る古典映画とされ、ワヒーダー・ラフマーンの代表作として語り継がれています。

キャリアの絶頂期には、ディリープ・クマール、ラージェーンドラ・クマール、ラージ・カプール、ラージェーシュ・カンナーといった当時のトップスターたちと次々に共演しました。この時期の代表作には『Teesri Kasam』『Ram Aur Shyam』『Khamoshi』があり、これらの作品でフィルムフェア賞主演女優賞にノミネートされ、『Neel Kamal』では二度目の同賞を受賞しました。『Khamoshi』では、患者に恋心を抱き、精神的に不安定になる看護師という難しい役柄を演じ、批評家から高い評価を獲得しています。また、『Patthar Ke Sanam』『Aadmi』といった作品も興行的に成功を収めました。1964年から1969年にかけて、彼女はヒンディー語映画界で2番目に高額な出演料を受け取る女優となりました。自身の出演料について、キャリア初期の『Solva Saal』では3万ルピーだったものが、最高額で70万ルピーに達したと語っています。

1970年代以降と復帰

1971年公開の『Reshma Aur Shera』では主演を務め、国家映画賞主演女優賞を獲得しましたが、作品自体の興行成績は振るいませんでした。1970年代以降は、母親役などのより成熟した役柄を演じることが増え、『Phagun』（ジャヤー・バドゥリの母親役）をはじめ、『Kabhi Kabhie』『Trishul』『Jwalamukhi』『Naseeb』『Dharam Kanta』『Namak Halaal』『Coolie』『Mashaal』『Chandni』『Lamhe』といった数多くの作品に出演しました。『Kabhi Kabhie』『Namkeen』『Chandni』『Lamhe』ではフィルムフェア賞助演女優賞にノミネートされています。特に『Naseeb』では、シャンミー・カプールと共に挿入歌のシーンにカメオ出演し、話題となりました。監督のマンモハン・デサイがシャンミー・カプールの代理として彼女に出演を依頼したというエピソードが残っています。『Lamhe』への出演後、彼女は一時女優業を休止しました。

カラン・ジョーハル監督の『家族の四季 -愛すれど遠く離れて-』では、アミターブ・バッチャンの母親役での出演が予定されていましたが、撮影中の2000年11月に夫カマルジートが死去したため降板しました。その後、女優業に復帰し、『Om Jai Jagadish』『とらわれの水』『15 Park Avenue』『Rang De Basanti』『デリー6』といった作品で再び母親役などを演じ、いずれも高い評価を得ています。長年のインド映画界への貢献が認められ、2011年にはパドマ・ブーシャン勲章を受章しました。2013年にはインディアン・フィルム・パーソナリティ・オブ・ザ・イヤーを受賞し、同年にはナスリーン・ムンニ・カービルとのインタビューをまとめた伝記『Conversations with Waheeda Rehman』が出版されています。

私生活

1974年4月、ワヒーダー・ラフマーンは映画『Shagoon』で共演したカマルジートと結婚し、二人の子をもうけました。結婚後、夫婦はバンガロールの農場で静かに暮らしていましたが、2000年11月21日にカマルジートが死去してからは、ムンバイのバーンドラに移り住んでいます。私生活について尋ねられた際、彼女は「その話はしたくありません。私の私生活はプライベートのままであるべきです。誰も立ち入ってほしくありません。私たちが公人であることは理解していますが、私と夫が喧嘩したとして、それをわざわざ知りたいと思いますか？」と述べ、自身のプライベートな領域を大切にする姿勢を示しています。

評価

ワヒーダー・ラフマーンは、インド映画史に名を刻む最も偉大な俳優の一人として広く認識されています。『Rediff.com』の「ボリウッド・オールタイム・ベスト女優」や『アウトルック』の「ボリウッド女優ベスト75」にも選ばれており、1960年代から1970年代にかけては最も出演料が高額な女優の一人でした。『Box Office India』の「トップ女優」ランキングには1967年と1968年にランクインしています。また、彼女のデビュー作『C.I.D.』は『Rediff.com』の「ボリウッド史上最高のデビュー作」で3位に選ばれ、2011年には「映画史上最も偉大な女優」で5位にランクインしました。2012年にはニューデリー・テレビジョンによる「映画史上最も人気のある女優」で9位にランクインし、『フィルムフェア』誌の「ボリウッドで最も印象的な演技ベスト80」では『Guide』での演技が選出されています。『ザ・タイムズ・オブ・インディア』の「最も美しい顔ベスト50」にもその名を連ねています。

批評家たちは、彼女の演技とその影響力について様々な言葉で称賛しています。『フィルムフェア』誌のデーヴェン・シャルマは彼女を「蒼茫の踊り子」と表現し、『インディアン・エクスプレス』のアルシ・バースカルは「ワヒーダー・ラフマーンのフィルモグラフィーは、インド映画における倫理観の変化と彼女自身の類稀な才能が反映されている」と評しています。『インディア・トゥデイ』のシャルラ・バジールは、「ワヒーダー・ラフマーンほどのキャリアと人生を歩んだ俳優は他にいないだろう」と述べています。また、『ザ・テレグラフ』のムクル・ケーサヴァンは、グル・ダット作品への出演が彼女の偉大さの理由とされることが多いことに対し、「グル・ダットは星屑を振りかけただけであり、彼女自身が俳優として自らを確立したのだ」と、彼女自身の才能を強調しています。『Rediff.com』のディネーシュ・ラーヘジャーは、「ラフマーンの飾り気のない美しさと、爽やかで自然体な演技スタイルは、1960年代に流行した作り込んだ演技スタイルを凌駕した」と評価しています。2022年に開催されたインド独立75周年記念式典では、女優のパオリ・ダムがワヒーダー・ラフマーンに扮し、『渇き』出演時の姿を再現するなど、その影響力は現代にも及んでいます。

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