ワロップス飛行施設

バージニア州東部海岸のワロップス島とその周辺に広がるワロップス飛行施設（Wallops Flight Facility、WFF）は、NASAのゴダード宇宙飛行センターが運用する、科学研究や技術開発のための重要な打ち上げ・試験拠点です。主にNASAやその他のアメリカ政府機関が、科学ミッションや実験、各種システム開発試験のために利用しています。

施設には、多岐にわたる観測ロケット、小型の使い捨て弾道・軌道ロケット、そして科学観測機器を搭載した高高度気球などの運用を支えるための広範な計測設備が整えられています。また、研究用の航空機、特に無人航空機の試験を行うための専用空港機能も備わっています。1945年の設立以来、これまでに16,000機を超えるペイロードがワロップスから打ち上げられています。

WFFの射場は、アメリカ海洋大気庁（NOAA）の科学ミッションや、国外政府、その他の商業事業者など、多様な利用者に活用されています。加えて、バージニア岬近郊のチェサピーク湾区域におけるアメリカ海軍の航空機や艦載電子機器、兵器システムの開発試験や演習も支援しています。固定式の設備に加え、WFFは展開可能なモバイルレーダー、テレメーター受信機、指令送信装置なども保有しており、これらは世界各地に配置可能です。これにより、観測設備が不足する場所での一時的な管制区域設定や、安全確保、遠隔地からのロケット支援・操作に必要なデータ収集を可能にしています。これらのモバイルシステムは、両極地域、南米、アフリカ、ヨーロッパ、オーストラリア、海上など、世界中のロケット打ち上げを支援するために利用されています。

ワロップス飛行施設では、約1,000人のNASA職員と契約業者、約30人の海軍関係者、そして約100人のNOAA職員が勤務しています。

歴史

ワロップス飛行施設の歴史は、NASAの前身である連邦航空諮問委員会（NACA）がラングレー研究所の管理下で、1945年にワロップス島にロケット射場を設置したことに始まります。「無人航空機研究所」と称されたこの射場は、風洞や研究室を補完する形で、高速空気力学の研究に貢献しました。1958年にNASAが設立されると、NACAの施設はNASAに引き継がれました。この際、ラングレー研究所から分離独立した「無人航空機研究所」はワロップス基地となり、NASA本部の直接的な管轄下に置かれます。1959年には、以前のチンコティーグ海軍航空基地を取得し、工学的および管理的な主要機能がこの場所に移転しました。1974年、ワロップス基地はワロップス飛行センターへと名称を変更し、さらに1981年には現在のワロップス飛行施設となり、同時にゴダード宇宙飛行センターの一部となりました。

ワロップスでの初期の研究は、亜音速から遷音速領域における空気力学データの取得に重点が置かれました。1959年から1961年にかけては、マーキュリー計画のカプセル試験が行われ、ケープカナベラルからの有人宇宙飛行打ち上げを支援しました。マーキュリー宇宙船の脱出システム、回収システム、生命維持装置の検証のため、リトル・ジョーロケットなどが利用されました。また、宇宙飛行士に先立って、アカゲザルのサムとサム夫人がワロップスから高高度に送られ、無事に回収されています。

1945年以来、ワロップス試験射場では、航空機や打ち上げ機の飛行特性データ取得、あるいは地球上層大気や近宇宙環境に関する知識の向上を目的として、多数の研究機が打ち上げられてきました。これらの打ち上げ機は、気象観測用の小型ロケットから衛星打ち上げ能力を持つものまで、その規模や能力は多岐にわたります。

施設概要

ワロップス飛行施設の中心となるメインベースは、バージニア州のデルマーバ半島に位置し、おおよそノーフォークの北約140km、ソールズベリーの南東約64kmの距離にあります。施設全体は、メインベース、本土側射場、ワロップス島射場という三つの独立した区域から構成され、その総面積は約25平方キロメートルに及びます。本土側射場とワロップス島射場は、メインベースから南東へ約11km離れた場所にあります。

管制区域: 連邦航空局（FAA）と共同で、航空管制官の資格を持つ人員が運営する管制空域を有しています。これには、飛行場の半径8km以内および高度760mまでの空港管制区域や、WFF航空宇宙制限区域（R-6604）、海上の警戒区域が含まれます。

固定施設: FAAの認証を受けた無人航空機実験用の滑走路や、墜落・火災・救助サービスのための設備があります。また、ロケットモーターや火工品などの受け入れ、点検、組み立て、チェックアウト、貯蔵を行う施設を備えています。ワロップス島射場には、6箇所の射点と3つの発射管制塔があり、組み立て施設と連携して弾道ロケットや打ち上げ機の準備、打ち上げを支援します。

ワロップス研究射場は、地上基地、モバイル管制システム、射場コントロールセンターなどによって運用されています。追跡・監視にはレーダー装置やシステムが利用され、テレメトリー装置は多様なアンテナ、受信機、表示システムを含みます。指令アップリンク設備や光学追跡設備も射場の一部として機能し、発射支援、監視、打ち上げ後の分析、記録保存のために、静止画カメラや高速ビデオカメラシステムも使用されます。さらに、打ち上げ、飛行、試験運用を円滑に進めるため、さまざまな航路音声・ビデオ・データ通信システムや通信装置が整備されています。

研究空港: メインベースに設けられた研究空港は、3本の滑走路、2本の誘導路、3箇所のランプ、1箇所の危険貨物積載所を備え、運用されています。2つのランプは格納庫に隣接しており、もう1つは事故発生時の救助用建物の近くにあります。研究滑走路には、異なる素材や表面状態を持つ試験区画があり、滑走路研究計画に利用されています。

気象観測: 射場や飛行場の安全な運用にとって不可欠な気象観測と予報には特に力が入れられています。気球による科学データの収集に加え、上層大気や磁気現象の予報も行っています。また、Sバンドドップラーレーダーシステム「SPANDAR」を用いて大気変動を観測しており、この18mパラボラアンテナシステムは、海風前線、突風前線、晴天乱気流などに伴う大気屈折率の微小な変化を検出可能です。その性能は、上空60,000kmの目標を鮮明に観測できるほか、距離10kmで3mmの雨粒や、1立方メートルあたり1グラム単位の水分量も検出できる能力を持ちます。

モバイル管制システム: モバイル射場の計器装置には、テレメトリー、レーダー、指令・発電システムなどが含まれます。これらの設備は、既存の観測網を補強したり、一時的な安全区域を設定したり、遠隔地や設備の整っていない場所でのデータ収集を支援するために必要に応じて利用されます。これらの補完システムにより、世界中どこでもほぼ完全な管制能力を提供することが可能です。

ミッションと活動

ワロップス飛行施設の主な研究・開発活動は、観測ロケット、科学気球、航空機、射場・ミッション運営、小型打ち上げ機、ミッション計画などの分野にわたります。これらの専門知識や、航空力学システム試験、スペースシャトル打ち上げの射場支援システム、教育普及活動などを通じて、NASAの各ミッション本部（科学、探査、航空、宇宙運用）の多様な目標達成を支えています。

技術開発

2001年以降、ワロップス飛行施設のエンジニアは、新たな射場技術やシステムの開発に取り組んでいます。特に、予算やスケジュールの制約下での飛行試験活動や打ち上げのコスト削減と即応性向上を目指し、自動飛行安全システム（AFSS）と低コストTDRSS無線通信（LCT2）という二つの主要な技術開発計画を主導しています。

自動飛行安全システム（AFSS）: これは、伝統的な地上指令による射場安全飛行終端システムを補完または代替することを目指す自律的なオンボードシステム開発計画です。AFSSは、打ち上げ機に搭載された余剰センサーとプロセッサを用いて軌道を監視し、必要に応じてロケットの終端を自律的に実行します。

低コストTDRSS無線通信（LCT2）: この計画は、打ち上げ機が水平飛行に達した後、NASAの追跡・データ中継衛星システム（TDRSS）を経由した通信を可能にするための低コスト無線機を開発するものです。LCT2は、ケネディ宇宙センターと協力し、宇宙配備型射場通信実証・認証（Space Based Range Demonstration and Certification）計画の一部として推進されています。

商業宇宙港

1998年には、バージニア商業宇宙飛行局（現在のバージニア商業スペース）がNASAから土地を借り受け、ワロップス島内に中部大西洋地域宇宙基地（MARS）を建設しました。この商業宇宙基地からは、2006年12月に初の打ち上げが行われています。

ビジターセンターと教育

ワロップス飛行施設に併設されたビジターセンターでは、様々な体験型の展示や毎週の教育プログラムが開催されており、子供たちがNASAの研究者や科学者によって開発・利用される技術について学び、探求することができます。さらに、月に一度の土曜日には、モデルロケット愛好家が自身のロケットをワロップスの射場から打ち上げるイベントが開催され、NASA職員も参加してモデルロケットの打ち上げや宇宙機の役割に関する解説を行っています。公式サイトでは、観測ロケットの打ち上げスケジュールも一般公開されています。

長年にわたり、ワロップスはNASA学生関与計画（NSIP）の本部として、学生向けの実験計画プログラムを運営していました。これは、観測ロケットやスペースシャトルミッションで実施する実験を高校生が計画・立案するものでしたが、現在は予算削減などにより停止されています。

事故

2014年10月28日、貨物宇宙船シグナス CRS Orb-3を搭載したアンタレスロケットが打ち上げ直後に故障し、指令破壊されました。この事故により、中部大西洋地域宇宙基地の0A射点が損傷を受け、2015年9月末まで修理が行われました。

協力協定

ワロップス飛行施設は、以下のような様々な組織と協力協定を結んでいます。

中部大西洋地域宇宙基地（MARS）
U.S. Navy Surface Combat Systems Center (SCSC)
Navy Test and Training Ranges
U.S. Air Force, 45th Space Wing, Eastern Range
アメリカ沿岸警備隊
アメリカ海洋大気庁 (NOAA) およびアメリカ環境衛星データ情報局 (NESDIS)
海洋科学共同事業体 (MSC)
* ホワイトサンズ・ミサイル実験場 (WSMR)

これらの施設やプログラムを通じて、ワロップス飛行施設は今後も宇宙科学と探査の進展に重要な役割を果たしていくことが期待されます。

もう一度検索