ワンダ・ランドフスカ

ワンダ・ランドフスカ

ワンダ・ランドフスカ（Wanda Landowska, 1879年7月5日 - 1959年8月16日）は、ポーランドに生まれ、後にフランスやアメリカで活躍したチェンバロ奏者、ピアニスト、そして教育者です。彼女の最大の功績は、バロック時代以降に一度は忘れ去られていたチェンバロという楽器を、20世紀の音楽シーンに再び蘇らせた立役者であることです。

生涯

ワルシャワで生まれたランドフスカは、4歳でピアノを始め、その後ワルシャワ音楽院で研鑽を積みました。13歳の時には、バッハ作品を中心としたリサイタルでデビューを飾っています。19歳でベルリンに留学し、対位法を学ぶ傍ら、作曲家モーリッツ・モシュコフスキに師事しました。21歳になると、パリのスコラ・カントルムに招かれて教壇に立ちます。この年、ヘブライ音楽の研究者であったアンリ・ルーと結婚。夫の影響を受けたことが、彼女のチェンバロへの強い関心と、その後の楽器復権に向けた活動の原動力となりました。1903年、24歳でチェンバリストとして本格的なデビューを果たし、翌1904年にはチェンバロを用いたバッハの演奏会を開催。これを機に、チェンバロによるバッハ演奏の第一人者として国際的な名声を確立していきました。

ランドフスカは、自身の理想とするチェンバロの音色や機構を追求し、楽器製作会社のプレイエル社に協力を求めました。その構想に基づき製作された近代的なチェンバロが、1912年のブレスラウ音楽祭で披露されると、大きな反響を呼びました。1913年からはベルリン高等音楽院で教鞭を執りますが、まもなく第一次世界大戦が勃発。彼女は民間人捕虜としての困難な時期を過ごしました。さらに大戦終結後には、自動車事故により夫アンリ・ルーを亡くすという悲劇に見舞われます。

苦難を乗り越え、1925年にはパリ郊外に古典音楽学校（l'École de musique ancienne）を設立し、バロック音楽の演奏法や歴史に関する教育に情熱を注ぎました。1923年にはアメリカでのデビューも果たし、演奏家としても教育者としても活動の場を広げました。しかし、1939年に第二次世界大戦が始まると、学校や大切な楽器、楽譜の全てを置いてアメリカへの脱出を余儀なくされます（これらはドイツ軍によって接収されてしまいました）。1941年にアメリカの市民権を取得し、移住後も演奏活動を続けましたが、年齢を重ねるにつれて、演奏会よりも録音を通じた活動に重点を置くようになりました。1954年にニューヨークで最後の公開リサイタルを開催した後は、自宅で個人レッスンを行い、後進の指導に時間を費やしました。1959年8月16日、コネチカット州レイクヴィルの自宅でその生涯を閉じました。

人物

音楽家としての厳しい一面の裏で、ランドフスカは文学を深く愛しました。特にさまざまな種類の小説を好み、印象に残った文章をノートに書き写す習慣がありました。共に演奏旅行をしたヴァイオリニストのナタン・ミルシテインは、船旅の際、ランドフスカが深夜まで自分の部屋で小説を朗読してくれたという思い出を語っています。

演奏と影響

ランドフスカのチェンバロ演奏スタイルは、現代の「ピリオド楽器演奏」の観点から見ると、当時の慣習に根ざした部分があり、幾分独特の響きに感じられるかもしれません。しかし、忘れられていたチェンバロの魅力を世に知らしめ、その演奏の裾野を広げた先駆者としての彼女の功績は計り知れません。また、マヌエル・デ・ファリャやフランシス・プーランクといった現代作曲家が、彼女のために新作のチェンバロ作品を作曲・献呈したことでも知られています。

ピアニストとしても優れた技量と表現力を持っており、モーツァルトのピアノ協奏曲のために複数のカデンツァ（独奏部）を作曲しています。実演では時に身振り手振りが大きかったと伝えられており、指揮者のアルトゥーロ・トスカニーニは、彼女の演奏自体は高く評価しながらも、派手なアクションを好まず、共演を丁重に断ったというエピソードが残っています。一方、指揮者のアルトゥル・ニキシュからは、ピアノでのバッハ演奏を高く評価されたものの、チェンバロを使用することについては批判されたとも言われています。

ランドフスカは、バッハの鍵盤楽器作品をピアノで演奏することに疑問を投げかけ、チェンバロこそが本来の響きを伝える楽器であるという考え方を強く提唱しました。この主張は当時の音楽界に大きな影響を与え、特に彼女がアメリカに移住した後、若いピアニストの間ではバッハ作品をピアノで演奏することが「時代遅れ」あるいは「タブー」と見なされるほどの風潮を生みました。この流れは、後にグレン・グールドが発表した革新的な「ゴールドベルク変奏曲」のピアノ演奏録音によって変化し、以降は再びバッハ作品がピアノの主要なレパートリーとして定着していきました。

ランドフスカの録音は数多く残されており、戦前の録音は主にEMI、戦後の録音はRCAが中心となっています。

関連作品

ランドフスカは、現代作曲家によるチェンバロ作品の創作を促しました。代表的なものとしては、マヌエル・デ・ファリャのオペラ『ペドロ親方の人形芝居』（1923年、初演に参加）、同じくファリャがランドフスカの委嘱により作曲した『クラヴサン協奏曲』（1926年）、フランシス・プーランクがやはりランドフスカの委嘱で作曲した『田園のコンセール』（1927年）などが挙げられます。これらの作品は、20世紀におけるチェンバロの新たな可能性を示すものとなりました。

ランドフスカは、単なる演奏家にとどまらず、失われた楽器とその音楽文化を現代に蘇らせ、その後の演奏解釈や教育に計り知れない影響を与えた、音楽史における重要な人物です。

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