ヴァルス＝カプリス (フォーレ)

フォーレのヴァルス＝カプリス

ガブリエル・フォーレ（1845年 - 1924年）が作曲した全4曲からなるピアノ作品群が『ヴァルス＝カプリス』（Valse-caprice）です。

作品の特徴

「ヴァルス＝カプリス」というタイトルは、フランツ・リストが先に使用したことに由来します。文字通り、舞踏音楽としてのワルツ（ヴァルス）の特性と、自由な形式や即興的な性格を持つカプリス（奇想曲）の要素を融合させた楽曲です。フレデリック・ショパンが開拓した華やかなピアノ・ワルツの伝統を受け継ぎつつも、フォーレはこのジャンルにおいて独自の解釈を加えました。彼は単なるサロン小品にとどまらない形式の拡大を試み、多様な楽想や要素を自由に取り入れながらも、作品全体の統一感を見事に保っています。

この作品が生まれた1880年代は、フランスの社交界でワルツが大変な流行を見せていた時代です。アンリ・デュパルクの『ワルツ組曲』、ジュール・マスネの『狂ったワルツ』、カミーユ・サン＝サーンスの『ヴァルス＝ノンシャラント』や『ヴァルス＝ミニョンヌ』、さらにはエマニュエル・シャブリエによる2台のピアノのための『3つのロマンティックなワルツ』など、当時のフランスの作曲家たちは盛んにワルツ作品を発表していました。これらの多くはサロン向けの軽い作品でしたが、フォーレの『ヴァルス＝カプリス』は、その音楽的な内容と形式的な充実度において傑出しており、19世紀フランスにおけるピアノ・ワルツの到達点の一つと評価されています。音楽研究家のロナルド・クライトンは、フォーレのヴァルス＝カプリスについて「優雅さとオパールのように微光を放つ和声」と評しています。また、フォーレのこの作品群は、彼の弟子であるモーリス・ラヴェルが後に作曲する『優雅で感傷的なワルツ』など、フランスのピアノ・ワルツの伝統に影響を与えたと考えられています。

各曲について

4曲の『ヴァルス＝カプリス』は、フォーレの創作期間の中でも比較的早い時期、具体的にはオーリッジによる区分で第1番と第2番が第一期（1860年 - 1885年）、第3番と第4番が第二期（1885年 - 1906年）に位置づけられます。初期の2曲では、師であるサン＝サーンス譲りの明快で輝かしい響きが見られます。即興的な性格や新鮮な楽想が特徴的で、これらの作品はもともと親しい友人たちの集まりやサロンでの楽しみのために書かれた側面がありました。

一方、後半の2曲では、作曲技法がより緻密になり、楽想間の関連や結びつきが有機的になっています。和声や転調の扱いも一層洗練されており、初期の軽妙なサロン音楽的な性格は後退し、より内省的かつ構成的な音楽へと深化しています。フォーレ自身はこれらの作品に特別な愛着を持っていたようで、1908年頃にはドイツの自動ピアノ用に全曲を自ら録音しています。

• - 第1番 イ長調 作品30

1882年頃に作曲され、翌年出版されました。アレグレット・モデラートのテンポで、繊細なメロディーが両手で受け渡されるように歌われます。ピウ・アレグロの中間部を挟み、冒頭の旋律が再現されます。ショパンのワルツ第14番からの影響も指摘されており、オクターヴのパッセージが効果的に挿入されています。コーダではピアニッシモからフォルティッシモへと音量が急速に増し、主音の連打で華やかに閉じられます。

• - 第2番 変ニ長調 作品38

1884年に作曲されました。アレグロ・モデラートで始まり、ウン・ポコ・モッソ、さらにピウ・モッソと次第に速度を上げていく中で、鍵盤上を駆け巡るような8分音符の音形が印象的です。その後、モルト・ピウ・レントにテンポが落ち、嬰ハ短調（異名同音の変ホ短調）に転じると、対照的にコラール風の穏やかな響きとなります。再び速度を上げて変ニ長調に戻ります。リストの『泉のほとりで』やショパンの『華麗なる大円舞曲』との関連も論じられますが、予測不能な転調や暗く情熱的な楽想はフォーレ独自の世界を示しています。哲学者のウラジミール・ジャンケレヴィッチはこの曲の変ニ長調という調性に注目し、フォーレの「たそがれの音楽」と位置づけました。サン＝サーンスはこの曲を気に入り練習したものの、自身のレパートリーには加えられなかったというエピソードも残っています。また、スペインの作曲家アルベニスがパリで病床に伏していた際、最期に信頼するピアニストに演奏を求めたのがこの第2番でした。

• - 第3番 変ト長調 作品59

1893年に完成しましたが、スケッチ自体は1887年まで遡ります。この6年間の中断期間は、フォーレが他のピアノ作品をほとんど書いていなかった時期と重なります。ピアニストのアルフレッド・コルトーは、この作品に「リズムの巧妙な扱い」や「形式への熟知」を見出しました。特に、これまでの2曲とは異なる精緻なリズム・パターンは、フォーレの新たな創作期の始まりを告げるかのような印象を与えます。また、左手の低音が転調のきっかけとなるなど、転調が頻繁かつ巧みに行われます。メロディーが左右の手の間で頻繁に受け渡されるため、両手の緊密な連携が演奏上の重要なポイントとなります。

• - 第4番 変イ長調 作品62

1893年から1894年にかけて作曲され、1894年に出版されました。モルト・モデラート・クァジ・レントの比較的穏やかなテンポで始まります。多声的な書法が顕著であり、これまでの3曲の主要なモティーフが織り込まれていることから、ヴァルス＝カプリス全体の集大成とも言える作品です。リズム面では、ヘミオラやクロスリズムなど、多彩な創意が見られます。コルトーはこの曲について「音楽的、ピアノ的な創造の同じような楽しさを、感情の異なった様相の下で提供してくれる」と評しています。後にイジドール・フィリップによって2台のピアノ用に編曲されています。

フォーレの『ヴァルス＝カプリス』は、同時代の流行を取り入れつつも、独自の音楽語法と洗練された技法によって高められた、ピアノ音楽史における重要な作品群と言えるでしょう。

もう一度検索