ヴォルフガング・パーレン

ヴォルフガング・パーレン：シュルレアリスムから抽象表現主義へ、そしてその先へ

ヴォルフガング・パーレン(1905-1959)は、20世紀の美術史において特異な存在感を放つ芸術家です。オーストリア生まれながら、フランス、メキシコ、アメリカと活躍の場を移し、シュルレアリスム運動への参加、独自の芸術技法「フュマージュ」の発明、そしてシュルレアリスムからの決別と抽象表現主義への貢献など、数々の重要な出来事を経験しました。その生涯は、激動の時代を反映するかのように、ドラマチックで多面的な展開を見せます。

裕福な家庭と多様な影響

1905年、ウィーンに生まれたパーレンは、真空技術で成功を収めた実業家で著名な美術コレクターであった父のもと、恵まれた環境で育ちました。幼少期は、父が開設した保養施設で、グスタフ・マーラーやシュテファン・ツヴァイクの母など、錚々たる芸術家たちと触れ合う機会に恵まれました。この経験は、後に彼の芸術観に大きな影響を与えます。また、家庭教師による個人教育や、ベルリン、ローマでの生活を通して、ショーペンハウアー、ニーチェ、ドイツ・ロマン主義、ゲシュタルト心理学、そしてインドのヴェーダ思想など、多様な思想や文化に触れていきます。

シュルレアリスムへの参加とフュマージュ技法

1920年代後半、パリに移住したパーレンは、抽象絵画やシュルレアリスム運動に深く関与していきます。彼は、フェルナン・レジェに師事するなど、研鑽を積み、1930年代には、アンドレ・ブルトンを中心とするシュルレアリスムグループに参加。独特な技法「フュマージュ」を開発し、シュルレアリストたちの注目を集めました。フュマージュとは、濡れたキャンバスにろうそくの煙を吹き付け、黒い跡を付ける技法で、夢や幻覚といった不可視の世界を表現する手段として用いられました。この技法を用いた代表作『禁じられた国』は、彼の内面世界を深く反映した作品として知られています。また、彼は国際シュルレアリスム展に参加するなど、積極的にシュルレアリスム運動を牽引する存在となりました。

シュルレアリスムからの決別と抽象表現主義への転換

しかし、パーレンは第二次世界大戦の勃発を機に、シュルレアリスムとの決別を決意します。1939年、フリーダ・カーロの招きでメキシコに亡命したパーレンは、そこで新たな芸術的探求を始めます。先住民文化や量子論に影響を受け、独自の芸術理論を展開。1942年には、シュルレアリスムへの訣別を宣言する記事を掲載した芸術雑誌『DYN』を創刊し、バーネット・ニューマン、ジャクソン・ポロックらとともに、抽象表現主義の発展に重要な役割を果たしました。彼の作品は、シュルレアリスム時代の幻想的な表現から、より抽象的で、宇宙や自然の神秘を表現するスタイルへと変化を遂げます。

メキシコ、アメリカ、そして再びフランスへ

メキシコでは、オルメカやマヤ文明を研究し、民族学的な収集活動も行いました。その後、アメリカ合衆国に移住し、サンフランシスコで「ダイナトン」というグループを結成して活動した後、再びフランス、メキシコと渡り歩き、晩年はメキシコで過ごしました。その間、ブルトンを中心とするシュルレアリスム運動に再び関わる時期もありましたが、健康上の問題を抱え、1959年に拳銃自殺で生涯を終えました。

パーレンの芸術的遺産

ヴォルフガング・パーレンは、シュルレアリスム、抽象表現主義という異なる芸術運動に深く関わった、稀有な芸術家でした。彼の作品は、世界中の美術館に所蔵され、現在も高い評価を受けています。フュマージュ技法、先住民文化への深い理解、そして独自の芸術理論は、現代美術に多大な影響を与え続けています。彼の波乱に満ちた生涯と、多様な表現様式は、20世紀美術史において、重要な一章を刻んでいるのです。

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