上根峠

上根峠：山陽と山陰を分かつ歴史と自然の交差点

広島県安芸高田市八千代町上根に位置する上根峠は、山陽地方と山陰地方を分ける分水界として知られ、日本百名峠にも選定されている歴史的な峠です。古くから交通の要衝として重要な役割を果たしてきたこの峠は、地質学的にも特筆すべき特徴を有しており、河川争奪によって形成された地形は、国内でも代表的な事例として高く評価されています。

地理と地質：活断層と河川争奪

上根峠は、北東-南西方向に約16キロメートルにわたって延びる活断層、上根断層のほぼ中央に位置しています。この断層は、南側に太田川水系の根谷川、北側に江の川水系の簸ノ川という二つの河川を隔てており、上根峠はその分水界にあたります。

50万年前から100万年前に起きた河川争奪が、上根峠の形成に深く関わっています。もともと簸ノ川の源流は白木山にありましたが、根谷川の侵食作用により、簸ノ川の上流域を根谷川が奪い取ったのです。上根断層の活動によって岩盤が弱体化していたことも、根谷川の侵食を促進した要因と考えられています。河川争奪によって形成された地形として、上根峠は国内で初めて紹介された事例と言われています。

上根峠周辺の地形は、北東側の安芸高田市八千代町上根は平坦な谷底平野を、南西側の同町向山は比高約80メートルの険しいV字峡谷を形成する、片峠となっています。簸ノ川によって形成された谷底平野は比較的広く、かつては湿田が広がる水はけの悪い地域でしたが、河川争奪によって水量が減少した結果、現在では「無能河川」「無能谷」と呼ばれる状態となっています。

一方、根谷川流域は峡谷となっており、魚切滝など多くの滝が存在します。また、中国山地から吹き降ろす風によって、夏から秋にかけて発生する濃い霧（三次霧）は、上根峠を越えると消えるフェーン現象が見られます。「霧切谷」という地名の由来もこの現象に関係していると考えられています。

地質的には、上根峠頂部は低位段丘堆積物、北東側の簸ノ川流域は堆積岩類、南西側の根谷川流域は広島型花崗岩が分布しています。

歴史と交通：古代から現代まで

上根峠に道がいつ開かれたかは定かではありませんが、『日本書紀』に登場するヤマタノオロチ伝説に関連する伝承が、峠の北東側に残されていることから、古くから人々が行き来していたことが推測されます。戦国時代には、毛利氏が吉田郡山城防衛の拠点として利用していたと伝えられています。

江戸時代には、「雲石街道」の一部として正式に公道指定され、広島藩の経済活動に重要な役割を果たしました。街道筋として整備されたものの、上根峠は険しい難所であり、『芸藩通志』には「坂あり、登り八丁険なり」と記されています。

幕末から明治時代にかけては、近代的な道路改修が進められ、広島と松江を結ぶ軍用道路としても利用されました。明治23年（1890年）に完成した新道は、幅員3.6メートル、屈曲37カ所という険しいものでしたが、峠の頂上である「上根市」は一時的に栄え、車夫や馬子、旅館などが集まりました。

大正4年（1915年）の芸備線開通により、交通の主流が吉田道に移り、上根市は衰退しました。その後、昭和15年（1940年）から現在の県道が整備され、昭和38年（1963年）には国道54号に昇格しました。しかし、急勾配と冬季の積雪・凍結による通行規制が課題となり、昭和47年（1972年）から上根バイパスの建設が開始され、平成2年（1990年）に全線開通しました。

上根バイパス

上根バイパスは、全長5.5キロメートルの2車線道路で、上根峠の難所をトンネルと橋梁で回避するために建設されました。総事業費158億円を投じた大規模な工事であり、トンネルや橋梁の建設には多くの時間を要しました。バイパス開通により、上根峠は交通のボトルネックから解放され、地域の発展に大きく貢献しました。

周辺の観光スポット

上根峠周辺には、霧切谷遊歩道、旧根野村営発電所跡、中村憲吉の歌碑、魚切滝、潜龍峡ふれあいの里などの観光スポットがあり、豊かな自然と歴史に触れることができます。

上根峠は、地質学的にも歴史的にも貴重な場所であり、自然と歴史を体感できる魅力的なエリアです。

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