下関とふく

山口県下関市は、フグの集積地として全国的に知られています。下関ではフグのことを縁起を担いで「ふく」と呼ぶことが多く、これは「不遇」を避けて「福」を招くという語呂合わせからきています。しかし、近年では若年層を中心に「フグ」と発音する人も増えています。

下関には、天然トラフグの約8割が集まり、さらに養殖トラフグも大部分が集まるため、フグの一大集積地となっています。特に、唐戸市場と南風泊市場はフグの取引所として有名で、全国各地にフグを供給しています。

下関がフグの集積地となった背景

下関がフグの集積地となった背景には、地理的条件と歴史的経緯が深く関わっています。

立地

トラフグの産卵地である玄界灘や瀬戸内海西部に近い
東シナ海、日本海、瀬戸内海を結ぶ交通の要衝
フグの好漁場が周辺海域に多い

古くから豊かな漁場に恵まれていた下関は、明治時代に西洋の漁法を取り入れ、トロール船による遠洋漁業や捕鯨の拠点として発展しました。その後、鉄道の開通もあり、水産物の集積地として日本有数の漁獲高を誇る港となりました。しかし、冷凍・トラック輸送の発達により、他の地域からの輸送が可能になったことで、漁獲高は減少しました。そこで、下関は付加価値の高い漁業への転換を図り、その中でフグに注目しました。小野英雄などの尽力により、フグの取引市場が開設され、フグの大衆化が進みました。

流通

フグの加工に必須の「身欠き」「皮むき」の加工場が集積
活けフグを輸送中に絶食させることで身を引き締める技術
フグの特殊な加工技術の集積

フグの加工には高度な技術が必要で、他の魚とは異なる「身欠き」「皮むき」などの技術が不可欠です。下関にはこれらの加工技術を持つ業者が多く集まっているため、他の地域で水揚げされたフグも下関に集められ、加工されて全国に流通しています。また、フグを輸送する際に、生きたまま絶食させることで身を引き締める技術も発達し、長距離輸送が可能になりました。

近年では、産地表示の適正化が求められており、下関で扱われたフグが必ずしも下関産ではない場合もありますが、下関ブランドとして広く流通しています。

下関で水揚げされる天然トラフグの生態

下関で扱われるトラフグは、東シナ海や日本海で漁獲された「外海産」と、瀬戸内海や遠州灘で漁獲された「内海産」に区別されます。しかし、トラフグは回遊魚であるため、生態的には3つの系統に分類されます。

東シナ海・日本海系群

黄海から東シナ海、日本海にかけて広く分布し、夏から冬にかけて餌を求めて回遊し、1月から3月にかけて産卵のために九州沿岸や瀬戸内海にやってきます。産卵は水深20m以上の岩礁地帯で行われ、孵化した稚魚はその後、他の海域に移動していきます。

瀬戸内海系群

夏から冬にかけて伊予灘、紀伊水道、豊後水道を回遊し、春になると産卵のために瀬戸内海の浅瀬にやってきます。この系統は、東シナ海・日本海系群との交流もあると考えられています。

下関周辺でのフグ漁

フグ漁は、主に一本釣、延縄、底曳網、定置網などで行われます。特に高級なトラフグは底延縄で漁獲されることが多いです。延縄漁は、明治時代に山口県の粭島で始まり、フグの鋭い歯で縄が切られないように銅線を使うなどの工夫が凝らされました。粭島には「フグ延縄発祥の碑」が建てられています。

漁場は、かつては日本近海に限られていましたが、日韓漁業協定により東シナ海や黄海へと広がりました。しかし、1970年代以降は、漁獲量の減少や北朝鮮の排他的経済水域宣言、乱獲などの影響で漁獲高は減少傾向にあります。

下関とフグの流通

下関には、漁船で直接フグが運び込まれるほか、韓国や中国からの輸入物も集まります。また、高速道路の発達により、他の地域で捕獲されたフグもトラックで輸送されるようになりました。フグは生きたまま輸送されることが多く、その際、身を引き締めるために絶食させ、共食いを防ぐために歯を折る処理が施されます。

下関の市場では、「袋競り」という独特の競りが行われ、競り落とされたフグは加工工場で身欠き処理が行われた後、東京や大阪などの消費地に輸送されます。輸送中にフグのうまみ成分であるアミノ酸が最大となるため、熟成効果も期待できます。

袋競り

下関のフグ取引では、「袋競り」という独特の競り方が用いられます。仲買人と買い手が、布袋の中で指を握り合い、互いに値段を提示します。外からはどの買い手がいくらの値段をつけたかわからないようになっています。この競りは非常に速く、瞬時に価格が決まります。

フグ養殖

山口県では、1934年にトラフグの短期養殖が始まり、1964年には稚魚の生産が開始されました。しかし、天然トラフグの漁獲量が増加したため、養殖は一時衰退しました。その後、1970年代後半から再び養殖が普及し、1990年代には天然トラフグの漁獲量を上回るようになりました。

下関とふくの歴史

下関は、古くから漁業が盛んでしたが、豊臣秀吉の時代から明治初期まで、武士はフグ食を禁じられていました。しかし、伊藤博文が下関を訪れた際にフグを食べたことをきっかけに、フグ食が解禁されました。その後、1950年代から小野英雄らの尽力により、下関でのフグ流通が活性化し、1975年には南風泊港が開設されました。

伝統工芸品

下関周辺では、フグの皮をなめして提灯にした「ふく提灯」が作られています。これは、フグが膨らんでいる姿を模したもので、独特の風情があります。

イベント

下関では、フグへの感謝を込めて「ふく供養」が行われています。また、2月9日は「ふくの日」とされ、恵比寿神社で祭りが行われます。

ふぐ処理師

フグの毒を取り除くためには、各都道府県が発行する免許が必要です。山口県では、「ふぐ処理師」という名称の資格があります。

まとめ

下関は、フグの集積地として、その歴史、文化、技術が深く結びついています。下関のフグは、その美味しさだけでなく、独自の流通システムや加工技術によって、全国に広く知られています。

もう一度検索