中村八朗

中村 八朗（なかむら はちろう）は、1914年4月16日に生まれ、1999年2月3日にその生涯を閉じた、昭和期を代表する小説家の一人です。長野県長野市の出身。

文学の道を志し、現在の長野県長野高等学校の前身である旧制長野中学を卒業後、現在の早稲田大学高等学院の前身にあたる第二早稲田高等学院を経て、早稲田大学文学部仏文科で学びました。大学ではフランス文学者の吉江喬松のもとでフランス文学の造詣を深めます。高等学院時代には、後の著名な作家となる八木義徳、辻亮一、多田裕計らと共に同人誌『黙示』を創刊し、創作活動に励みました。

『黙示』に掲載された小説「或る尼僧の話」が、作家の丹羽文雄の目に留まり高い評価を受けました。これを機に中村は丹羽文雄に師事し、さらに文学の道を究めることになります。1937年には師である丹羽の推薦を受けて、『早稲田文学』誌上に処女作「古い絆」を発表し、文壇への第一歩を踏み出しました。作家としての初期においては、僧侶を題材とした作品を多く手がけています。

大学卒業後、1938年から早稲田大学出版部に勤務しますが、翌1939年には召集を受け兵役につきます。松本市の歩兵第50連隊を経て、盛岡市の陸軍予備士官学校に入隊。以後、情報将校として、中国、インドシナ、マレーシア、インドネシアといったアジア各地を転戦しました。終戦を迎えると、彼はイギリス軍の捕虜となり、シンガポールにある収容所で約2年間にわたり強制労働に従事するという過酷な経験を強いられました。

1949年に日本へ帰国（復員）。同年には「桑門の街」が芥川賞候補に選ばれますが、最終的には直木賞の候補へと変更されるという出来事がありました。当初、中村自身はこの変更を本意ではないと感じていましたが、師である丹羽文雄から文学という営みは本質的に同じであると諭され、思いを改めたといいます。その後も精力的に執筆活動を続け、1950年の「白い蝙蝠」をはじめ、1952年には「霊を持つ手」「貝殻追放」「紋章家族」、1953年には「玉手箱」、1954年には「芽吹く頃」や長編小説『マラッカの火』で立て続けに直木賞候補に挙がりました。実に七度にわたり直木賞候補となるという記録を残しましたが、惜しくも受賞は果たせませんでした。

丹羽文雄が主宰した同人誌『文学者』では、中心的な役割を担い、他の作家たちとの交流も深めました。1956年頃からは、作風を大きく転換し、青春小説やジュニア小説といった分野で主に執筆活動を行うようになります。昭和40年代に巻き起こったジュニア小説ブームの波に乗り、働く十代の若者を主人公とした作品を数多く生み出し、若い読者層からの人気を獲得しました。

しかし、1975年頃になると、川上宗薫や富島健夫といった作家たちが官能的な作風で流行作家となるなど、文学界の潮流が変化します。中村はこうした風潮に対し、自らの筆でそういった要素を描くことは難しいと感じ、むしろ自らの戦争体験を綴ることに注力していったと語っています。その後の作品として、1978年には終戦に至るまでの体験を描いた『ある陸軍予備士官の手記』を、翌1979年にはシンガポールでの抑留生活を、特に収容所内での演劇活動に焦点を当てて詳細に記した『シンガポール収容所』といった、自身の戦争体験に基づいた作品を発表しました。

著書の中では、『すばらしき級友』を改題した『すばらしき友人』が知られており、1975年にはNHKの少年ドラマシリーズとしてテレビドラマ化もされました。このドラマの次に放映されたのが、SFジュブナイルとして有名な『なぞの転校生』であったことも特筆されます。

多岐にわたるジャンルを手がけ、激動の昭和を生きた作家として、その独自の経験に裏打ちされた作品世界を読者に届け続けました。

もう一度検索