ローマ帝国衰亡史

ローマ帝国衰亡史：古代ローマ帝国の興亡を描く歴史書の古典

エドワード・ギボンによる『ローマ帝国衰亡史』(The History of the Decline and Fall of the Roman Empire)は、古代ローマ帝国の興亡を綿密に描いた歴史書の金字塔です。1776年に第一巻が出版されて以来、ウィンストン・チャーチルやジャワハルラール・ネルーといった著名人も愛読したことで知られ、現在も世界中で読み継がれる歴史的名著となっています。

ローマ帝国、その盛衰の軌跡

本書は、古代ローマ帝国の最盛期であった五賢帝時代(96年～180年)から物語が始まります。帝国の版図、軍事力、法体制、そして国内の繁栄といった当時の様子が克明に描かれています。その後、ローマ帝国の東西分裂、ユスティニアヌス1世による再興への試み、イスラム勢力の勃興、そして十字軍といった歴史上の重要な出来事が、コンスタンティノープル陥落(1453年)による東ローマ帝国滅亡まで、網羅的に記述されています。

しかし、ギボンは7世紀のヘラクレイオス帝以降の東ローマ帝国については、記述が著しく少なくなり、その軍事面を特に批判的に捉えています。「勝利は全くの偶然によるもの」とまで評するなど、東ローマ帝国、特にその最盛期を築いたバシレイオス2世といった皇帝についても、ほとんど触れていません。一方、従来キリスト教史においては否定的に扱われてきたディオクレティアヌス帝を再評価している点や、キリスト教への暗黙の批判も、本書の注目すべき点と言えるでしょう。

各巻の内容

本書は全6巻から構成され、各巻はさらに多くの章に分けられています。第一巻では、アントニヌス朝皇帝の治世から、ディオクレティアヌス帝による帝国内の改革、そしてコンスタンティヌス帝によるキリスト教の公認に至るまで、ローマ帝国の政治的、宗教的変遷を詳細にたどります。

続く第二巻と第三巻では、コンスタンティヌス帝の死後、帝国が東西に分裂し、西ローマ帝国の衰亡へと至る過程が描かれます。西ゴート族のアラリックによるローマ略奪(410年)や、フン族のアッティラによる侵攻など、帝国の危機を招いた出来事が克明に記されています。また、この過程において、キリスト教が国教となり、異教の信仰が弾圧される様子も描かれています。

第四巻と第五巻では、東ローマ帝国（ビザンツ帝国）の盛衰が中心となります。ユスティニアヌス1世による法典の編纂や、ベリサリウス将軍による軍事遠征、そしてイスラム勢力の台頭といった出来事が語られます。また、この巻では、東ローマ帝国におけるキリスト教の展開や、異端の取り扱い、さらにアラブ帝国の興隆とその影響についても記述されています。

最終巻である第六巻では、十字軍の遠征や、東ローマ帝国のコンスタンティノポリス陥落、そしてオスマン帝国による東ローマ帝国滅亡へと至る過程が描かれています。この巻では、十字軍が東ローマ帝国にもたらした影響や、帝国内部の政治的混乱、そして最終的に帝国を滅ぼしたオスマン帝国の隆盛といった出来事が網羅されています。

歴史学における評価と日本語訳

ギボンは優れた文章力と、ローマ帝国の東西分裂と西ローマ帝国滅亡という歴史観により、「最初の古代ローマの近代史家」と称されています。しかし、その歴史観は今日の歴史学においては必ずしも支持されているわけではなく、批判的な見方もあります。とはいえ、『ローマ帝国衰亡史』は、歴史的事実の正確性に多少の瑕疵があったとしても、その魅力的な文章と、古代ローマ帝国の興亡という壮大な物語によって、現在もなお多くの人々を魅了し続けている歴史書なのです。

日本語訳は岩波書店、筑摩書房、PHP研究所などから複数版が出版されており、それぞれに特色があります。岩波文庫版は村山勇三氏による翻訳で、古典的な訳文として知られます。筑摩書房版は中野好夫、朱牟田夏雄、中野好之の三氏による翻訳で、より現代的な表現を用いています。PHP研究所からは中倉玄喜氏による新訳も刊行されており、より読みやすい現代語訳として人気です。これらの翻訳を通して、ギボンの名著を様々な角度から楽しむことが可能です。

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