二楽荘
二楽荘（にらくそう）は、明治時代後半から大正時代にかけて、浄土真宗本願寺派第22世法主である大谷光瑞（おおたにこうずい）によって、兵庫県神戸市の六甲山麓に建設された別邸です。その名称は、「山を楽しみ、水を楽しむ」、あるいは「山水を楽しみ、育英を楽しむ」という大谷光瑞の思想に基づいているとされています。1909年（明治42年）に主要部分が竣工しましたが、わずか数年後には実質的に閉鎖状態となり、1932年（昭和7年）に焼失するという短い歴史をたどりました。
二楽荘の建設に至る経緯は、まず1902年（明治35年）に大谷光瑞が現在の須磨離宮公園にあたる土地を購入し、そこに約3万3千坪の広大な敷地を持つ月見山別邸を1904年（明治37年）に完成させたことに始まります。この別邸には、日本建築の平屋と洋風建築の2階建ての建物に加え、庭園、温室、毛氈花壇、テニスコートなどが整備されていました。しかし、1907年（明治40年）に宮内庁が武庫離宮建設のためにこの土地を買い上げたため、その代替地として、兵庫県武庫郡本山村（現在の神戸市東灘区本山）にあった通称「岡本山」が大谷光瑞に与えられました。大谷光瑞はこの代替地を15万円で購入し、翌1908年（明治41年）3月17日に二楽荘本館の建設に着手。約1年半後の1909年（明治42年）9月20日に本館が竣工し、その後も付属施設が順次建てられていきました。
総面積は約24万6千坪にも及ぶ広大な敷地で、山麓を階段状に造成し、それぞれの段に施設が配置されました。山麓の下段には、事務所や学生向けの私塾である武庫中学（1911年開校）の校舎・付属館が置かれ、中段には二楽荘の本館、そして最上段の山頂には、純白の白亜殿（含秀居）、測候所、図書館兼宿舎の巣鶴楼（すかくろう）などが建てられました。これらの施設間を結ぶために、3本のケーブルカーが設置され、その桟道沿いには桜やコスモスが植えられていたといいます。本館建設には約17万円が費やされ、法主である大谷光瑞自身も建設に深く関わりました。工事設計監督技師の鵜飼長三郎らが実務を担当し、後に築地本願寺などを設計する建築家・伊東忠太も当初から助言を与え、「本邦無二の珍建物」と評するなど、当時の人々からも注目される建物でした。
山頂に白亜殿が建つ以前は、本館が大谷光瑞の活動拠点でした。本館の外観はインドのムガル建築を模したともいわれ、赤いストレート屋根の西隅にドームが特徴的でした。構造は木造2階建て、地下1階で、建物の基礎には神戸沖で沈没した英国商船の部材が再利用されました。本館内部は多様な文化を取り入れた意匠が凝らされており、1階には英国室、支那室、アラビア室、アラビア室、英国封建時代式の大室、浴室、便所、事務室があり、2階にはインド室、廻廊式書庫、エジプト室、洋式客室、法主寝室が設けられていました。地下には調理室などがありました。各部屋はそれぞれの国の建築様式や家具、調度品で装飾され、独特の雰囲気を醸し出していました。特にアラビア室はスペインのアルハンブラ宮殿を模したとされ、白黒大理石の床に噴水のある池が中央に配され、周囲には植物が置かれていました。英国室は太い梁と素朴な調度品が特徴で、壁には狩猟の獲物の角や頭蓋骨が飾られていました。大谷光瑞の妻・重子の部屋であったインド室は、インドのアクバル皇帝時代の大臣室を模し、インド壁画や宝石を施した額、重子が撮影したヒマラヤの写真などが飾られていました。エジプト室にはナイル河畔やピラミッドの大壁画があり、ここから南庭の毛先庭を見下ろすことができました。毛先庭は、花の色や模様が計算されて作庭され、中央にはインド風の泉水が配置されていました。本館の各国室には、大谷探検隊によって収集された品々も展示されており、文化的・学術的な側面も持っていました。
しかし、第三次大谷探検隊の活動や教団事業の拡大による出費が重なり、大谷家の財政状況が悪化するとともに、1914年（大正3年）には本願寺に関連する疑獄事件も発生するなど、多くの問題を抱えることになります。同年3月、こうした状況を受けて二楽荘および併設されていた武庫中学は閉鎖され、大谷光瑞は西本願寺の住職と浄土真宗本願寺派の管長を辞任せざるを得なくなりました。その後、大谷光瑞が中国へ渡る中、二楽荘は大阪の富豪で親交のあった久原房之助（くはらふさのすけ）に売却されました。売却額は、建物、土地、美術品を含めて16万円とも21万円とも伝えられています。所有者のいなくなった二楽荘は次第に荒廃が進み、本館の雨漏りがひどくなり、ケーブルカーも停止し、各所で崖崩れが発生するなど、見る影もなく寂れた状態となりました。特に大谷光瑞の書斎があった白亜殿の装飾はすべて取り外され、痛ましい姿になったといいます。
1918年（大正7年）には、二楽荘の山裾にあった土地に、甲南学園による私立甲南中学校の設立計画が持ち上がりました。学園側は、武庫中学の付属施設を仮校舎の一部として移築するため、久原房之助から承諾を得ました。また、武庫中学の講堂も久原から譲り受け、応急修理の後、校長室や事務室などに使用されました。この講堂で、1919年（大正8年）4月に甲南中学校の第1回入学式が挙行されています。久原房之助はその後、甲南学園の創立委員や理事を務め、二楽荘全体を学園に提供する意向を示しましたが、この話は実現しませんでした。
建設から25年を経た1932年（昭和7年）10月18日未明、二楽荘は原因不明の火災により焼失しました。不審火ともいわれています。現在、二楽荘の跡地は宗教法人「霊法会」の管理下にあり、関係者以外の立ち入りは厳しく制限されています。幻の邸宅として、その歴史を静かに留めています。
二楽荘の建設に至る経緯は、まず1902年（明治35年）に大谷光瑞が現在の須磨離宮公園にあたる土地を購入し、そこに約3万3千坪の広大な敷地を持つ月見山別邸を1904年（明治37年）に完成させたことに始まります。この別邸には、日本建築の平屋と洋風建築の2階建ての建物に加え、庭園、温室、毛氈花壇、テニスコートなどが整備されていました。しかし、1907年（明治40年）に宮内庁が武庫離宮建設のためにこの土地を買い上げたため、その代替地として、兵庫県武庫郡本山村（現在の神戸市東灘区本山）にあった通称「岡本山」が大谷光瑞に与えられました。大谷光瑞はこの代替地を15万円で購入し、翌1908年（明治41年）3月17日に二楽荘本館の建設に着手。約1年半後の1909年（明治42年）9月20日に本館が竣工し、その後も付属施設が順次建てられていきました。
総面積は約24万6千坪にも及ぶ広大な敷地で、山麓を階段状に造成し、それぞれの段に施設が配置されました。山麓の下段には、事務所や学生向けの私塾である武庫中学（1911年開校）の校舎・付属館が置かれ、中段には二楽荘の本館、そして最上段の山頂には、純白の白亜殿（含秀居）、測候所、図書館兼宿舎の巣鶴楼（すかくろう）などが建てられました。これらの施設間を結ぶために、3本のケーブルカーが設置され、その桟道沿いには桜やコスモスが植えられていたといいます。本館建設には約17万円が費やされ、法主である大谷光瑞自身も建設に深く関わりました。工事設計監督技師の鵜飼長三郎らが実務を担当し、後に築地本願寺などを設計する建築家・伊東忠太も当初から助言を与え、「本邦無二の珍建物」と評するなど、当時の人々からも注目される建物でした。
山頂に白亜殿が建つ以前は、本館が大谷光瑞の活動拠点でした。本館の外観はインドのムガル建築を模したともいわれ、赤いストレート屋根の西隅にドームが特徴的でした。構造は木造2階建て、地下1階で、建物の基礎には神戸沖で沈没した英国商船の部材が再利用されました。本館内部は多様な文化を取り入れた意匠が凝らされており、1階には英国室、支那室、アラビア室、アラビア室、英国封建時代式の大室、浴室、便所、事務室があり、2階にはインド室、廻廊式書庫、エジプト室、洋式客室、法主寝室が設けられていました。地下には調理室などがありました。各部屋はそれぞれの国の建築様式や家具、調度品で装飾され、独特の雰囲気を醸し出していました。特にアラビア室はスペインのアルハンブラ宮殿を模したとされ、白黒大理石の床に噴水のある池が中央に配され、周囲には植物が置かれていました。英国室は太い梁と素朴な調度品が特徴で、壁には狩猟の獲物の角や頭蓋骨が飾られていました。大谷光瑞の妻・重子の部屋であったインド室は、インドのアクバル皇帝時代の大臣室を模し、インド壁画や宝石を施した額、重子が撮影したヒマラヤの写真などが飾られていました。エジプト室にはナイル河畔やピラミッドの大壁画があり、ここから南庭の毛先庭を見下ろすことができました。毛先庭は、花の色や模様が計算されて作庭され、中央にはインド風の泉水が配置されていました。本館の各国室には、大谷探検隊によって収集された品々も展示されており、文化的・学術的な側面も持っていました。
しかし、第三次大谷探検隊の活動や教団事業の拡大による出費が重なり、大谷家の財政状況が悪化するとともに、1914年（大正3年）には本願寺に関連する疑獄事件も発生するなど、多くの問題を抱えることになります。同年3月、こうした状況を受けて二楽荘および併設されていた武庫中学は閉鎖され、大谷光瑞は西本願寺の住職と浄土真宗本願寺派の管長を辞任せざるを得なくなりました。その後、大谷光瑞が中国へ渡る中、二楽荘は大阪の富豪で親交のあった久原房之助（くはらふさのすけ）に売却されました。売却額は、建物、土地、美術品を含めて16万円とも21万円とも伝えられています。所有者のいなくなった二楽荘は次第に荒廃が進み、本館の雨漏りがひどくなり、ケーブルカーも停止し、各所で崖崩れが発生するなど、見る影もなく寂れた状態となりました。特に大谷光瑞の書斎があった白亜殿の装飾はすべて取り外され、痛ましい姿になったといいます。
1918年（大正7年）には、二楽荘の山裾にあった土地に、甲南学園による私立甲南中学校の設立計画が持ち上がりました。学園側は、武庫中学の付属施設を仮校舎の一部として移築するため、久原房之助から承諾を得ました。また、武庫中学の講堂も久原から譲り受け、応急修理の後、校長室や事務室などに使用されました。この講堂で、1919年（大正8年）4月に甲南中学校の第1回入学式が挙行されています。久原房之助はその後、甲南学園の創立委員や理事を務め、二楽荘全体を学園に提供する意向を示しましたが、この話は実現しませんでした。
建設から25年を経た1932年（昭和7年）10月18日未明、二楽荘は原因不明の火災により焼失しました。不審火ともいわれています。現在、二楽荘の跡地は宗教法人「霊法会」の管理下にあり、関係者以外の立ち入りは厳しく制限されています。幻の邸宅として、その歴史を静かに留めています。
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