五味洋治

五味洋治（ごみようじ）氏は、1958年 7月26日生まれの日本のジャーナリストであり、現在、東京新聞の編集委員を務めています。長野県茅野市で育ち、1982年に早稲田大学第一文学部を卒業しました。

ジャーナリストとしての歩み

大学卒業後、1983年に中日新聞社の東京本社に入社。記者としてのキャリアは、川崎支局を皮切りに、文化部や政治部を経て、国際報道へと軸を移していきます。1997年には韓国の延世大学校で語学を学び、その後、1999年から2002年までソウル支局長、2003年から2006年まで中国総局長として東アジアの情勢を深く取材しました。2008年から2009年にはフルブライトフェローとしてアメリカのジョージタウン大学に在籍するなど、国際的な視野を広げ、現在は東京新聞の編集委員として、主に北朝鮮問題や朝鮮半島情勢に関する分析・報道を続けています。

金正男氏との特異な交流と告白本の出版

五味氏のジャーナリスト人生において、最も大きな転機となったのは、北朝鮮の最高指導者であった金正日総書記の長男、金正男氏との交流でした。始まりは2004年9月、北京首都空港での偶然の出会いです。北朝鮮関係者を待っていた多くの記者の中に金正男氏が現れ、五味氏も名刺交換をしました。この時点では、他の多くの記者と同様、単なる短い接触に過ぎませんでしたが、後日、金正男氏から五味氏宛に電子メールが届いたことから、両者の特別な関係が始まりました。

最初のメール交換の後、しばらく連絡は途絶えましたが、2008年頃から金正日総書記の健康不安が伝えられ、後継者として異母弟の金正恩氏への権力継承が現実味を帯びるにつれ、三代世襲に否定的な考えを持つようになった金正男氏は、日本メディアへの接触を試みるようになります。五味氏もその一人で、2010年10月には6年ぶりに金正男氏からメールが届き、翌2011年10月には、自身の考えを公表してほしいという依頼がありました。

五味氏はこれに応じ、金正男氏と約150回に及ぶメールのやり取りに加え、2度にわたる直接インタビュー（合計約7時間）を実施しました。金正男氏が数多いる記者の中から五味氏を選んだ理由として、五味氏は、多くの記者が政治的に重要視しなくなった自分に対し、唯一変わらず真摯な関心を持ち、時間と労力を割いて取材と記事執筆を続けてくれたジャーナリストだったからではないかと分析しています。

これらの取材内容を基に、五味氏は2012年1月、金正日総書記の死去直後に『父・金正日と私金正男独占告白』を文藝春秋から出版しました。この本では、金正男氏が北朝鮮の三代世襲に対し「この世界で、正常な思考を持っている人間なら、三代世襲に追従することはできません」と強く批判する発言や、父である金正日総書記も世襲には否定的だったという証言などが初めて詳細に明らかにされました。また、金正男氏の日本を含む国外への深い理解も示されており、その内容は海外からも大きな注目を集めました。同書は第44回大宅壮一ノンフィクション賞の候補にもなりました。

関係の変質、そして断絶

『父・金正日と私』の出版に先立つ2011年1月、五味氏は金正男氏へのインタビュー内容を東京新聞に掲載し、三代世襲批判に加え、金正恩氏が関与したとされるデノミネーション失敗への指摘や、中国式の改革開放を進めるべきだという金正男氏の発言を公にしました。この記事に関して北朝鮮当局から警告を受けた金正男氏は、自身の立場が厳しくなったことを悟り、五味氏との交流は続けるものの、政治的な話題を避けるようになります。この頃、五味氏は取材関係を超えた「友人」としての付き合いを提案し、金正男氏もそれに同意する姿勢を見せていました。

しかし、2011年12月の金正日総書記の死去を機に、金正男氏の立場はさらに不安定化します。金正男氏は父の喪明けまで本の出版を待ってほしい、北朝鮮政権から危険が及ぶ可能性があるとメールで五味氏に要請しました。しかし、五味氏は、金正日総書記の死去で北朝鮮の先行きが不透明な状況下で、長男である金正男氏の考えを広く世間に伝えることの意義、そして公表されることで逆に金正男氏の安全につながるという考えから、出版準備を進めていた本の刊行を強行しました。これに対し、金正男氏は「本を出すなら、われわれの関係は終わりだ」と五味氏に伝え、一方的に連絡を絶ちました。五味氏は会見などで関係の再開に期待を述べていましたが、金正男氏が電話やメールに応答することは二度となく、交流が再開されることはありませんでした。なお、同時期に金正男氏と接触していた他の記者の中には、関係が継続した例もありました。

出版後の金正男氏と悲劇

韓国国家情報院や中国筋の情報によると、金正恩体制が確立されて以降、北朝鮮内部では金正男氏暗殺の指示が繰り返し出されていたと報じられています。事実、五味氏の告白本出版と同じ2012年には、北京で北朝鮮工作員とみられる人物による金正男氏の暗殺未遂事件が発生し、中国当局によって阻止されました。また、金正男氏は同年4月に金正恩氏に対し、「私と家族を助けてほしい」と暗殺指令の撤回を求める助命嘆願書を送っていたとされています。これらの報道が事実であれば、五味氏が出版時に期待した「公表による抑止効果」は実際には機能していなかったことになります。

金正男氏は金正恩氏の本格的な統治が始まってからは北朝鮮にほとんど帰らず、過去の世襲批判を後悔している旨を周囲に漏らしていたとも伝えられます。そして、五味氏の告白本出版から5年後の2017年 2月13日、金正男氏はマレーシアのクアラルンプール国際空港で襲撃を受け、命を落としました（金正男暗殺事件）。この事件を受けて、五味氏は2月17日に会見を開き、金正男氏の死への深いショックを表明しました。同時に、もし自身の報道や著作が原因で金正男氏が暗殺されたと見なされるならば、それはむしろ、そうした発言をした人間を抹殺するという北朝鮮体制の抑圧的な方法自体に焦点が当てられるべきだと主張しました。

主な著作

五味氏は金正男氏関連以外にも、朝鮮半島や中国情勢を中心に多くの著作を世に送り出しています。

『どうしてアナタは韓国（ウリナラ）に来たんですか？ソウル特派員の熱血1000日記』（2002年）
『父・金正日と私金正男独占告白』（2012年）
『北朝鮮と中国―打算でつながる同盟国は衝突するか』（2012年）
『金正恩を誰が操っているのか北朝鮮の暴走を引き起こす元凶』（2013年）
『女が動かす北朝鮮金王朝三代「大奥」秘録』（2016年）
『金正恩 -狂気と孤独の独裁者のすべて』（2018年）
* 『金正恩が表舞台から消える日北朝鮮水面下の権力闘争』（2021年）

五味洋治氏は、金正男氏との特別な関係を通じ、閉ざされた国家の最高権力層に連なる人物の肉声を世界に伝えるという、極めて稀有な仕事を実現しました。その活動は、北朝鮮情勢を巡る報道や分析において、常に注目されています。

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