人口論

『人口論』：マルサスの人口学

『人口論』（An Essay on the Principle of Population）は、トマス・ロバート・マルサスによって著された、人口学における古典的名著です。初版と第二版以降で題名が異なり、内容も大きく変遷しています。

成立の背景

マルサスは古典経済学の発展に貢献した経済学者であり、当時のイギリスはフランスとの戦争や物価高騰に苦しんでいました。また、フランス革命の影響を受け、社会改良による貧困や道徳的退廃の改善を主張する啓蒙思想家が現れました。このような状況下で、マルサスは人口の原理を示すことで、理想主義的な社会改革論を批判しようとしました。

初版は匿名で出版され、大きな反響を呼びました。その後、大幅な訂正と増補を加えて著者名を明記した第二版が出版され、版を重ねるごとに内容が充実していきました。ケインズは初版を「大胆で修辞的、情緒に富む」と評価しましたが、第二版以降は経済学的な考察が中心となり、社会学的歴史研究へと変化したと評しています。

内容：人口の原理

マルサスは、以下の二つの前提から議論を展開します。

1. 食糧は人間の生存に不可欠である。
2. 異性間の情欲は必ず存在する。

これらの前提に基づき、マルサスは人口増加が食糧生産の増加を上回ると主張しました。人口は制限されなければ幾何級数的に増加しますが、食糧生産は算術級数的にしか増加しないため、必然的に食糧不足が生じると結論付けました。

幾何級数的な人口増加は、風俗が純潔で生活資源が豊富な状況下での理論上の原理です。マルサスはアメリカの事例を挙げ、人口が25年間で倍加したことを示し、これを基準としました。一方、食糧生産の算術級数的な増加は、土地の生産性の限界から説明されます。例えば、ある島国で農業技術を最大限に活用しても、食糧生産を倍加させることは困難です。

マルサスが生きた時代には、化学肥料が普及していなかったため、単位面積あたりの収穫量には限界があり、食糧不足は自明のことでした。しかし、20世紀以降の化学肥料の普及により、食糧生産は飛躍的に向上し、マルサスの理論の一部は克服されました。

貧困の出現

マルサスは、人口増加に対する制限がもたらす結果を考察しました。人間は理性によって行動を制御できますが、人口増加の努力は継続されるため、人口と生活資源の不均衡は解消されません。人口増加が生活資源の不足をもたらし、貧困問題を引き起こします。労働者は過剰供給となり、食料品は過少供給となるため、結婚や家族を養うことが困難になります。

安い労働力による開墾事業などを通じて食料供給量を増加させ、人口と生活資源の均衡が回復されます。マルサスは、このような人口の原理に従った現象が社会で繰り返されていると指摘しました。歴史研究が上流階級に偏っているため、この現象が注目されていないと述べ、民族の成人数の割合、結婚制度、貧富の差による乳児死亡率、労賃の変化などを研究対象として挙げています。

これらの歴史を研究することで、人口制限がどのように機能していたかを明らかにできますが、現実の人口動向はさまざまな要因によって不規則になります。

訳書

高野岩三郎、大内兵衛訳 『初版 人口の原理』 岩波文庫、1962年。（初版の翻訳）
永井義雄訳 『人口論』 中公文庫、1973年、改版2019年。（初版の翻訳）
南亮三郎監修 『人口の原理』 中央大学出版部、1985年。（第六版の翻訳）
斉藤悦則訳 『人口論』 光文社古典新訳文庫、2011年。（初版の翻訳）

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