仙人温泉

仙人温泉（せんにんおんせん）

富山県黒部市の奥地に広がる仙人谷に、ひっそりと湧き出るのが仙人温泉です。黒部川の支流である仙人谷の標高およそ1,450メートル地点に位置し、その名はかつてこの地で修行に励んだ修験道の行者に由来します。近くにある岩屋に修行僧が留まったことが、「仙人」という地名の始まりと伝えられており、周辺の仙人谷そのものや、その源流部にあたる仙人山、さらには仙人山の南東に位置する仙人池といった地名も、この故事にちなんで名付けられたものです。仙人温泉は、黒部峡谷の深い谷間に抱かれた、まさに秘境と呼ぶにふさわしい温泉です。

この温泉の泉質は単純温泉に分類されます。自然湧出により毎分38リットルという豊富な湯量を誇り、その源泉温度は81.7℃と高温です。pH値は3.25を示し、溶存物質の総量は124.0 mg/kgとなっています。これらのデータからも、活発な温泉活動がうかがえます。

仙人温泉にはかつて、唯一の宿泊施設として「仙人温泉小屋」という名の山小屋が営業していました。しかし、2021年に発生した雪崩により建物が甚大な被害を受け倒壊。これ以降、小屋は営業を休止しており、現在は被災した建物の解体と周辺の整地作業が進められています。営業していた時期は、例年登山シーズンにあたる8月から9月にかけてのみ開設されていました。小屋の周辺エリアは中部山岳国立公園内に指定されており、自然保護のため指定地以外でのキャンプは認められていません。最も近い正規のキャンプ指定地は、仙人温泉から東北東に位置する黒部川本流沿いの阿曽原温泉小屋となります。

小屋には源泉から引かれた露天風呂が備えられていました。かつては男女別の浴槽がありましたが、2016年からは一つの浴槽を男女が時間帯を分けて利用する男女入替制となっていました。残念ながら、小屋が閉鎖されている現在はこの露天風呂を利用することはできません。仙人温泉小屋の歴史は、1956年頃にプレハブ式の簡易な施設が設置されたことから始まります。その後、1987年には現在の本設の小屋が建て替えられました。2001年からは、埼玉県所沢市で設備工事業を営むオーナーが3代目として小屋の経営を引き継いでいました。

仙人温泉へ至る道のりは、非常に険しく、長時間を要するものです。最も一般的なアクセスルートは、黒部峡谷鉄道の終点である欅平駅からとなります。欅平を出発し、黒部峡谷沿いに整備された水平歩道を通り、阿曽原温泉を経て仙人谷ダムまで歩を進めます。ダムからは尾根上につけられた雲切新道を登り、標高1,629メートル地点で尾根筋を離れて仙人谷へと下りていきます。源泉地帯を通過し、仙人谷を左岸側へ渡ると、ようやく仙人温泉小屋の跡地にたどり着きます。欅平駅からの標準的な所要時間は約10時間30分とされています。特に阿曽原温泉から仙人温泉までの区間だけで、およそ5時間30分かかると言われています。この主要ルート上にある山小屋およびキャンプ指定地は、阿曽原温泉小屋ただ一つです。

この他にも、登山経験が豊富な者は、室堂方面から剱岳の北方稜線を経由するか、あるいは剱沢や真砂沢ロッジを経て、また黒部ダム方面からは内蔵助平経由、もしくは日電歩道を経て仙人谷ダム経由で仙人温泉へ到達することも可能です。これらのルートもまた、一般的な観光ルートとは異なり、十分な準備と経験が必要となります。

仙人温泉の一帯は、その地理的な困難さから、日本郵便により交通困難地として指定されています。そのため、この地域宛に郵便物を送付することは、原則として行われません。現在、小屋が休止している仙人温泉ですが、黒部峡谷の秘境に湧くこの特別な湯は、厳しい自然の中で登山者たちの疲れを癒してきた歴史を持ち、その復活が待たれています。

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