任継愈

任継愈（にんけいゆ、1916年4月15日 - 2009年 7月11日）は、中華人民共和国を代表する卓越した中国哲学史家であり、仏教史家でした。彼はその生涯において、北京大学での教育、中国社会科学院における研究機関の設立・運営、そして中国国家図書館の管理運営など、学術研究と国家の文化行政という二つの重要な領域で指導的な役割を果たしました。

山東省平原県に生を受けた任継愈は、若くして北京大学哲学系に進学し、深い学識を培いました。彼が学んでいた時期は、日中戦争が激化し、北京の大学が西南聯合大学として昆明に疎開するという困難な時代に重なります。このような状況下でも、任継愈は湯用彤や賀麟といった高名な師たちの指導のもとで研究に邁進し、1941年に修士号を取得しました。

学業を終えた彼は、1942年から母校である北京大学で教鞭を執り始めました。講師から始まり、副教授、教授へと昇進しながら、1964年までの長きにわたり教育者としてのキャリアを築きました。大学では、宋明理学、中国仏教、論理学など、中国思想史における多岐にわたる分野を講義しました。これに加えて、1956年からは中国科学院哲学研究所の研究員も兼任し、研究活動の幅を広げました。1959年には中国共産党に入党し、公の場で無神論の立場を表明します。この年、毛沢東主席と対談する機会があり、その際「鳳毛麟角（極めて稀有で貴重な存在）」と賞賛されたことはよく知られています。

1964年、任継愈は中国科学院（後の中国社会科学院）に新たに設置された世界宗教研究所の初代所長に就任しました。彼はこの研究所を約20年間にわたり率い、中国における宗教研究の体系化と発展に貢献し、その後の中国の宗教政策や学術研究の方向性に大きな影響を与えました。さらに、1975年から1998年まで、連続して4期にわたり全国人民代表大会の代表を務め、国家の政治運営にも深く関与しました。

1987年から2005年までの約18年間は、中国国家図書館の館長を務めました。この任期中、彼は図書館の近代化、蔵書管理、情報サービスの拡充などに尽力し、中国最大の学術情報機関としての地位を一層強化しました。その貢献は高く評価され、退任後も名誉館長の称号が贈られています。また、1999年には国際欧亜科学院の院士に選ばれ、国際的な学術ネットワークにおいてもその名を知られるようになりました。晩年の2009年1月には、国務院より中央文史研究館館員に任命されるなど、その博識と功績は最晩年まで敬われ続けました。

任継愈の学術的功績は極めて広範です。彼は中国哲学全般を専門とし、古代の諸子百家から近代思想、さらには儒教、仏教、道教といった中国固有の三教、そして西洋哲学に至るまで、幅広い分野を対象に研究を行いました。彼の最も著名な業績の一つは、主編者として完成させた全4巻からなる大著『中国哲学史』（1963年-1979年）です。この著作は、マルクス主義歴史学の方法論を適用して中国哲学の歴史を叙述したものであり、侯外廬が主編した『中国思想通史』と並び、20世紀中国の哲学史研究において決定的な影響力を持った金字塔として位置づけられています。この他にも、宗教研究の基礎を提供する『宗教詞典』、道教研究に不可欠な『道蔵提要』、大規模な仏教事典である『仏教大辞典』、『中華大蔵経漢文部分』など、数多くの重要な学術文献や事典類の編纂プロジェクトを主導し、中国の学術インフラの充実に多大な貢献をしました。

任継愈は2009年 7月11日、93歳でその生涯を終えました。彼の死去は中国の主要メディアによって大きく報じられ、国家レベルでその功績が偲ばれました。奇しくも、現代中国を代表するもう一人の知の巨人、季羨林氏も同日に逝去しており、この日は中国の学術・文化界にとって忘れがたい一日となりました。

彼の家族にも著名な人物がいます。父の任蕭亭は陸軍少将を務め、弟の任継周は中国の草地農業研究を牽引した著名な農学者です。また、中国現代哲学史における重要人物である哲学者、馮友蘭は、任継愈の妻の伯父にあたります。このように、任継愈自身だけでなく、その親族もまた中国社会の各分野で重要な足跡を残した人々でした。

任継愈は、その深い学識と卓越した指導力をもって、中国の哲学・宗教研究を牽引し、また国家の文化・教育行政の要職を歴任することで、現代中国の学術および社会の発展に計り知れない貢献をしました。彼の学問的遺産と思想は、後世の研究者や教育者に今なお多大な影響を与え続けています。

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