伊勢姫

伊勢：上杉謙信と深い仲にあった女性

伊勢（いせ）は、越後国（現在の新潟県）の戦国大名・上杉謙信と特別な関係にあったとされる女性です。彼女の名前は、謙信の事績を伝える軍記物『松隣夜話』に見られます。また、伊勢御前とも呼ばれていました。

伝承

『松隣夜話』によれば、伊勢は上野国（現在の群馬県）「鴻の平」の武士・千葉采女佐（ちばうねめのすけ）の娘で、「無双の女房」と称されるほどの美貌と才知を兼ね備えていたとされています。天正3年（1575年）頃、謙信は敵方の武士の娘であった伊勢を召し出し、春には平井城の庭園で共に遊覧するなど、親密な関係を築きました。

しかし、謙信と伊勢の親密な関係を快く思わなかった柿崎景家（かきざきかげいえ）が、直江山城守（なおえやましろのかみ）と宇佐美駿河守（うさみするがのかみ）に働きかけたため、謙信は伊勢との交流を断たざるを得なくなりました。この結果に深く落胆した伊勢は、翌年正月に青龍寺という寺で出家してしまいます。

さらに翌年の春、伊勢は世話人の老尼に連れられて平井城を訪れましたが、謙信との思い出が蘇り、ただ泣き腫らすばかりでした。帰るころになって、「諸共に　見しを名残の　春ぞとは　今日白川の　花の下かげ」という和歌を詠みました。その後も伊勢は苦悩し続け、同年9月にわずか19歳という若さで亡くなったと伝えられています。

『松隣夜話』や『野史』には、天正5年（1577年）に柿崎景家が謙信に無断で織田信長に通じたために討たれたという記述がありますが、実は景家が謙信と伊勢の離別を画策したことに対する報復だったとも記されています。

景家討伐の後、かねてより謙信の体調の衰えを心配していた甘粕景持（あまかすかげもち）は、「敵方の娘であっても、恩愛や夫婦の契りはそのような事に左右されるべきではない」と主張しました。そして、直江・宇佐美ら他の重臣たちと謀り、伊勢を呼び戻して還俗させ、その伯父にあたる山口但馬（やまぐちたじま）の養女として謙信に輿入れさせようとしました。

そこで山口但馬は、伊勢が籠居する青龍寺を訪ねましたが、伊勢の世話をしていた老尼から、伊勢が既に病死していることを告げられ、悲嘆に暮れながら法要を執り行って越後へ戻りました。その後、謙信の家臣たちは青龍寺や伊勢の実家に弔いの品々を贈ったとされています。

伊勢の存在は、戦国時代の武将・上杉謙信の人間味あふれる一面を垣間見ることができるエピソードとして、後世に語り継がれています。

参考文献

桑田忠親 著「上杉謙信」、桑田忠親 編『戦国の英雄』筑摩書房〈日本史の人物像〉、1977年。
尾崎喜左雄 編『群馬県の地名』平凡社〈日本歴史地名大系〉、1987年。ISBN 978-4-582-49010-7。
柿崎町史編纂会 編『柿崎町史』名著出版、1973年。
『上杉史料集』 下、井上鋭夫（校注）、人物往来社〈第二期戦国史料叢書〉、1967年。

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