伊治呰麻呂

伊治呰麻呂（これはり/これはる の あざまろ）

伊治呰麻呂は、奈良時代の後半に陸奥国（現在の東北地方）で活動した蝦夷の族長であり、生没年は不明です。公という姓を持ち、外従五位下・上治郡大領の官位にありました。

8世紀後半、朝廷は東北地方への支配を強化するため、軍事的な圧力と懐柔政策を組み合わせていました。伊治呰麻呂は、朝廷に帰順した蝦夷であり、その地位を利用して勢力拡大を図っていました。

人物

伊治呰麻呂は、現在の宮城県北部の栗原市付近に勢力を持っていた蝦夷の族長です。当時、朝廷は東北地方への版図拡大を政策としており、蝦夷懐柔策として、帰順した蝦夷に官位を与え、未服の蝦夷を懐柔させていました。政府に帰服した蝦夷は、「蝦夷」と「俘囚」に分けられ、狭義の「蝦夷」は従来の集団を保持したまま帰服し、「俘囚」は個別に帰服して城柵周辺に居住しました。

伊治呰麻呂は「公」の姓を与えられており、政府に帰属していたことがわかります。夷爵第二等を有していましたが、宝亀9年（778年）には、海道・山道蝦夷の征討の功績により、外従五位下という地方在住者としては最高の位階を授けられました。

「呰麻呂」という名前は当時珍しいものではなく、神護景雲元年（767年）頃に伊治公一族が政府に帰順した際に、和人の名前に改めたとする説があります。また、「呰」の字は身体的な特徴に由来するとも考えられています。

「伊治」の読み方は長く「イヂ」とされていましたが、多賀城出土の漆紙文書から「コレハリ」（または「コレハル」）と読むことが明らかになりました。

来歴

伊治呰麻呂は俘軍を率いる族長として、宝亀9年（778年）に外従五位下の位階を授けられました。これは地方在住者としては最高の位であり、官人としての身分を得たことを意味します。

当時、東北地方は宝亀5年（774年）の桃生城襲撃事件をきっかけに戦乱の時代に入っていましたが、政府は当初大規模な征討軍を派遣せず、現地官人と現地兵力によって敵対する蝦夷と戦っていました。伊治呰麻呂は俘軍を率いて政府側で戦功を重ねました。

宝亀9年（778年）に外従五位下の位階を得た伊治呰麻呂は、宝亀11年（780年）までに上治郡の大領の地位に就いていました。上治郡は、政府によって扶植された移民系の栗原郡とは別の、服属した蝦夷を編成した蝦夷郡であると考えられています。

宝亀の乱

宝亀11年（780年）3月、伊治呰麻呂は突如反乱を起こしました。

当時、陸奥按察使兼鎮守副将軍の紀広純が胆沢攻略のための前進基地として覚鱉城の造営を計画し、伊治城に入った際、伊治呰麻呂は内応して俘軍を率い、道嶋大楯を殺害、紀広純も殺害しました。大伴真綱は多賀城まで護送しましたが、これは多賀城の明け渡しを求めてのこととみられます。その後、反乱軍は多賀城を焼き払いました。

『続日本紀』では、反乱の理由として伊治呰麻呂の個人的な怨恨を挙げています。夷俘出身である伊治呰麻呂は、道嶋大楯から常日頃より侮辱を受けていたため、深く恨んでいたとされます。しかし、同時に多数の蝦夷が蜂起しており、政府の政策に対する不満も背景にあったと考えられています。

伊治呰麻呂の反乱は、多賀城を灰燼に帰せしめ、政府の支配を大きく揺るがすものでした。政府は伊治呰麻呂を謀反として国家転覆の罪に当たるとしましたが、その後の消息は不明です。しかし、この反乱を契機として陸奥国の動乱は深まり、政府から征夷軍が繰り返し派遣される時代が到来しました。伊治呰麻呂の乱は、律令国家と蝦夷が全面対決する局面への転換点となりました。

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