伊藤忠兵衛 (二代)

二代目 伊藤 忠兵衛

二代目 伊藤 忠兵衛（にだいめ いとう ちゅうべえ、1886年（明治19年）6月12日 - 1973年（昭和48年）5月29日）は、日本の経済界において、今日の二大総合商社である伊藤忠商事と丸紅の礎を築いた傑出した実業家であり、伊藤忠財閥の二代目当主です。従三位勲一等瑞宝章を授与され、その功績は高く評価されています。幼名は精一と称しました。

黎明期と家業の継承

忠兵衛は1886年、滋賀県豊郷町に、初代伊藤忠兵衛と八重夫妻の次男として生を受けました。兄が幼くして亡くなったため、早くから家業である呉服商の後継者としての道を歩むことになります。父である初代忠兵衛が創業した「伊藤本店」は、彼が家業を継承する基盤となりました。1903年、父の死去に伴い、滋賀県立商業学校在学中に二代目忠兵衛を襲名しました。当時は東京高等商業学校（現在の一橋大学）への進学を目指していましたが、家業を継ぐため学業を断念し、翌年には「丸紅伊藤本店」に入社しました。

総合商社への発展

二代目忠兵衛の最大の功績は、近江商人の流れを汲む伊藤家の事業を発展させ、現代に続く巨大総合商社へと育て上げたことにあります。彼は1908年には丸紅伊藤本店を含む4つの店舗を統合し、「伊藤忠兵衛本部」を設立して代表に就任。さらに1909年には欧州へ留学し、翌年帰国して国際的な視野を広げました。1914年には伊藤忠兵衛本部を改組し、「伊藤忠合名会社」を設立、代表社員となります。この頃、大阪本町に新しい社屋を建設し、事業拡大の基盤を固めました。

事業の再編はさらに進み、1918年には伊藤忠合名会社を「伊藤忠商事株式会社」と「伊藤忠商店株式会社」に分割します。自身は伊藤忠商事の社長に就任し、姉婿の伊藤忠三が伊藤忠商店の社長を務めました。1920年には、伊藤忠商店が伯父である六代目伊藤長兵衛が創業した「伊藤長兵衛商店」と合併し、「株式会社丸紅商店」が誕生します。これにより、現在の伊藤忠商事と丸紅、二つの源流が形作られました。

この1920年は、第一次世界大戦後の反動不況が日本経済を襲った激動の時期でもありました。株価は暴落し、商事・商店の両社も深刻な打撃を受けましたが、忠兵衛は危機を乗り越えるため、一族の全財産を投じて債務を返済し、大規模な人員削減を断行しました。その断固たる経営判断によって、会社は苦境を脱することができました。

その後も、1923年に富山紡績の社長、1929年に呉羽紡績を設立し社長に就任するなど、繊維分野を中心に事業を拡大・再編していきます。1937年には丸紅商店の会長に、1939年には伊藤忠商事の会長に就任し、両社の経営を主導しました。

戦時統合と戦後の再出発

戦時体制下では、政府の統制により企業の再編が進められました。1941年には伊藤忠商事、丸紅商店、岸本商店が合併し、「三興株式会社」が設立され、忠兵衛が会長に就任します。さらに1944年には、三興、大同貿易、呉羽紡績が合併し、「大建産業株式会社」が誕生、彼はその社長を務めました。しかし、1945年の終戦とともに、忠兵衛はすべての役職を辞任します。戦後のGHQによる財閥解体政策により、大建産業は制限会社、そして持株会社に指定され、1949年には伊藤忠商事、丸紅、呉羽紡績などに分割されることになります。忠兵衛自身も1947年に公職追放の対象となりましたが、1950年に解除され、その後は富国生命取締役、東洋パルプ会長、呉羽紡績社長などを歴任し、経済界に復帰しました。1960年には伊藤忠商事の相談役に就任し、新生伊藤忠商事の経営を見守りました。

文化・教育への貢献

実業家としての活動に加え、忠兵衛は文化や教育分野にも深い関心を寄せました。彼はカタカナの使用を推進する「カナモジ運動」の初期からの提唱者であり、1920年にはカナモジカイの創立委員として、日向利兵衛や平生釟三郎らとともに中心的な役割を果たしました。1938年には財団法人カナ文字会の理事も務めています。彼の強い影響により、伊藤忠商事と丸紅では、戦前から戦後にかけて社内の正式文書にカタカナが用いられるほどでした。

また、平生釟三郎との交流を通じて、知識偏重ではない、徳育、体育、知育のバランスの取れた全人教育の重要性を強く認識するようになります。この考えに基づき、甲南学園の経営に積極的に参加しました。財団法人甲南学園の理事として、甲南中学校や甲南小学校の運営に関与し、1946年には第3代理事長、1957年からは第5代理事長を務めました。1969年に学園創立50周年記念式典に合わせて理事長職を辞任するまで、彼は甲南学園の発展に多大な情熱を注ぎ続けました。

晩年と家族

晩年は熱海に静養し、1973年5月29日に胃癌のため、満86歳でその生涯を終えました。彼の築いた事業基盤は、日本の経済成長を支える総合商社として大きく発展しました。

家族にも著名人が多く、長男の恭一も実業家として活躍しました。孫には、経営者の伊藤勲や、政治家・河野洋平の妻となった武子氏がいます。伊藤忠兵衛は、激動の時代を生き抜き、日本の経済界に不滅の足跡を残した偉大な実業家として記憶されています。

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