伎楽

伎楽（ぎがく）とは

伎楽は、古代日本で寺院の法会を中心に盛んに演じられた、仮面をつけた無言劇と舞踊、音楽からなる伝統芸能です。その起源は中国南部の呉に遡るとされ、仏教とともに日本に伝わりました。

伎楽の歴史

『日本書紀』によると、推古天皇20年（612年）に百済人の味摩之（みまし）が伎楽を伝えたとされています。味摩之は呉で伎楽を学んだと伝えられており、そのルーツは、チベット、西域、インド、ペルシャ、ギリシャなど、多様な文化が混ざり合った地域に求められるという説もあります。伎楽は仏教の普及とともに寺院に広がり、聖徳太子もその奨励に尽力したとされています。奈良時代には、東大寺の大仏開眼供養などの国家的な仏教行事でも大規模に上演され、伎楽面や衣装は正倉院に、面は法隆寺にも残されています。

伎楽の内容

伎楽は、行道（ぎょうどう）と呼ばれるパレードと、滑稽な無言劇と舞、楽奏で構成されます。行道は、天狗のような面をつけた治道（ちどう）が先導し、楽器隊、歌隊、獅子舞、踊り、僧侶が続きます。劇の部分では、呉公（ごこう）、金剛（こんごう）、迦楼羅（かるら）、呉女（ごじょ）、崑崙（こんろん）、力士（りきし）、波羅門（ばらもん）、大孤（たいこ）、酔胡王（すいこおう）などの人物が登場し、それぞれの役柄を演じます。これらの登場人物は、仏教的な要素を含みながら、滑稽で風刺的な内容を演じることが特徴です。例えば、崑崙が呉女に言い寄る場面や、波羅門が褌を洗う場面などは、観客の笑いを誘ったとされています。

伎楽の衰退と影響

奈良時代に隆盛を極めた伎楽は、平安時代以降、次第に衰退し、鎌倉時代にはほとんど上演されなくなりました。その理由として、舞楽の隆盛や、内容が卑俗であったこと、仏教的な要素が強すぎたことなどが挙げられています。しかし、伎楽が後世の芸能に与えた影響は大きく、猿楽の喜劇的な要素や舞楽の起源、各地の獅子舞や祭礼の形式などにその痕跡が見られます。

伎楽の復元

昭和55年（1980年）には、東大寺大仏殿の昭和大修理落慶法要を記念して、伎楽の一部が復元されました。この復元には、宮内庁楽部や東京芸術大学、大阪芸術大学などの専門家が協力し、現存する資料を基に、音楽、振り付け、衣装などが再現されました。天理大学雅楽部も復元に取り組み、『教訓抄』に記載された楽曲を全て揃え、演奏できるようになりました。さらに、1991年には、狂言師の野村万之丞が「真伎楽」と名付けた新しい形の仮面劇を創作し、伎楽の復興に新たな道を開きました。

真伎楽（しんぎがく）

真伎楽は、伎楽の伝統的な要素を踏まえつつ、現代的な解釈と演出を加えたものです。アジア各国の芸能を取り入れ、3つの章に分けて構成されています。天の章では、半仮面をつけた俳優が登場し、世界の祭典を繰り広げます。地の章では、伎楽の仮面劇が演じられ、神話的な物語が展開されます。人の章では、大孤の五体投地など、仏教的な要素を取り入れつつ、現代的な視点からの解釈が加えられています。真伎楽は、伎楽の新たな可能性を示すと同時に、現代社会に生きる人々に、伝統芸能の魅力を再認識させる契機となっています。

伎楽の上演様態

奈良時代の伎楽は、『教訓抄』などの記録から、以下のような上演様態を持っていたと考えられています。

1. 行道（ぎょうどう）: 治道が先導し、楽隊や僧侶が続くパレード。
2. 獅子舞: 演技の場を清めるための舞。
3. 劇: 呉公、金剛、迦楼羅、呉女、崑崙、力士などが登場する仮面劇。
4. 波羅門の所作: 波羅門が褌を洗う滑稽な場面。
5. 大孤の礼拝: 大孤が仏に五体投地する場面。
6. 酔胡王の舞: 酔胡王と従者が舞い踊る場面。

これらの要素が組み合わさることで、伎楽は観客を魅了する総合的な舞台芸術として機能していたと考えられます。

伎楽面

伎楽で使用される仮面は、頭部全体を覆う大型のもので、楠、桐、乾漆などで作られています。面の種類は、治道、師子、師子児、呉公、金剛、迦楼羅、崑崙、呉女、力士、波羅門、太弧父、太弧児、酔胡王、酔胡従の14種類があります。これらの仮面は、それぞれの役柄の性格を表現するとともに、演者の個性を隠す役割を果たしています。

結論

伎楽は、古代日本の芸能史において重要な位置を占める伝統芸能です。その影響は、後の猿楽や舞楽、獅子舞などにも見られ、日本の芸能文化の発展に大きく貢献しました。現代においても、復元や新たな解釈を通じて、その魅力を再発見しようとする動きが活発化しており、今後の展開が期待されています。

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